見出し画像

往く日々と夜(14)(R18)

第十四章 温泉旅行(上)

作者MiyaNaoki 翻訳sekii

「カシャッ」
突然の音と光に、城戸の注意は手の中の原稿から引き離され、木島の持っているカメラのレンズに向けられた。
「いやだ…動いたから、ぼけちゃうよ」
久しぶりにカメラを手にした木島がぼやいた。
手はだいぶよくなってきたが、おせっかいな担当編集者がなんだか不安で、何も書かせなく休養しろといった。字を書くことができない時、木島は口述でいくつかのアイデアを記録したり、コラムの原稿を提出したりして、それ以外はただぼうっと本を読んで、何もすることがなかった。それで、本棚に置いて長い間ほこりが積もっているカメラをついに思い出した。
「どうした」
城戸は少し恥ずかしい。彼はあまり写真を撮ることが好きではなくて、いつも自分の生活が凡庸で、あまり残す価値がないと思う。
「久しぶりだ。さっきフィルムが何枚かあるのを見たから、使いきろうかなっと。動かないで」
木島はまたカメラを構えた。
「やめてくれませんか」
城戸は手をあげてさえぎったが、木島が渋い顔をしているのを見て、がっかりして手を下ろし、木島がその小さい窓から勝手に自分の映像を捕るのをゆるした。城戸は浅はかな自分を見透かされるのではないかと、いつも少し恐縮していた。
「そういえば、何を撮ってきたか。見てもいい?」
突然徴用されたマネキンは、ただの置物だと思っていたカメラに好奇心を抱くようになる。
「すぐ見られないよ。デジカメじゃないから、現像しないと」
木島はカメラを元に戻し、城戸の隣に座った。
「まあ、景色をすこし撮ったね…昔、遊びに行ったとき、セーヌ川沿いの夕日の写真が入ってると思う。何時間も待ってようやく撮れたんだ。綺麗のはずだよ」
「じゃあ、現像してくださいよ。長く置いてもダメだろう。外出したくないなら、僕がやってあげる」
木島がうっとりとした表情を見せると、城戸はすぐ執事に変身した。
「そうだね……まあ、とりあえず置いとく」木島はしばらく頭を下げて考えてから淡々と答えた。
説明してくれなかったので城戸はさらに聞かなかった。木島には自分なりの習慣やこだわりがある。それがどういうものなのかは、他人にはわかるわけがない。一見して偏屈で神秘的に見えて実は単純な感情に過ぎないということもある。城戸は、すべてをそのまま受け入れることに慣れた。ただ、そこでふと別の話題を思い出した。
「ねえ、前から聞きたかったんけど…」
「なに?」
木島は頭を上げ、なかばぼんやりとしていた。手書きもできなく、お酒も飲ませてもらえなくなってからは、病気の子猫のような、ぐったりした様子で、城戸が心配になるほど愛しい。
「玄関に置いてある、エッフェル塔とかバスの模型とかは、旅行のおみやげ?」
「そうよ」
木島は頰杖をついたまま、つまらなそうに頷いた。
「あんたは……旅行好き?」
城戸は意外だ。学生時代の木島にしても、再会後に出会った木島にしても、あまり旅行に興味がなさそうだ。特にいまの生活範囲は、リビングから書斎、そしてベランダや寝室がほとんどで、遠方への憧れなんかまったく見られない。
木島の答えはさらに意外だった。
「まあ、好きと言ってもよかろう。お金があった頃は結構好きだったけど…オランダ、イギリス、あ、イギリスはロンドンとエジンバラよ、パリに二回も行ったよ、日本では京都と奈良と沖縄」
木島は頭を支え、淡々と過去を思い出す。
「ちょちょっと…ちょっと待って。誰と行った?」
少しノリについていけないように見える城戸を静かに見つめて、木島は急に笑いだした。
「気になるか」
城戸が言葉に詰まった。気にしないというのは噓で、若くして名をなした木島の才能と、この格好では、どれだけの人間が彼の放蕩につきあってくれても不思議ではない。しかし、いきなりそう追い詰めると、あまりにもストレートで、白状しろと迫っていくような気がした。そこで、落ち着くふりをして、言葉を濁して相槌を打っていた。
木島は城戸の窮しそうな顔を見て、腹立たしくて面白くて、心が動かされた。
「全部、一人で行ったよ。僕の旅行は全部気まぐれで、ルートも目的もない。好き勝手にあちこち行ったり撮ったりするのが好きで、誰も付き添ってくれないし」
「ああ……そうか……じゃあ、今はどうですか。また旅行に行くか」
城戸は木島の言葉の余韻に包まれて、手にした原稿に目をやりながら、心がざわついた。
「今はね……今はしばらく、あまり遠くには行きたくないよ」
木島は手をあごに当てるのをやめて、机に突っ伏したまま城戸に首を傾げた。
こうして城戸と同じ部屋にいて、毎日会える日々がどれくらいあるか、このような幸せは次の一分や一秒で終わるかもしれないから、一分一秒が、とても貴重だ。ひとりぼっちで旅をしたり、異郷をぶらぶらしたりした日々は、今になって思えば、たしかに自由で楽しかったが、今となって木島はここを離れられなく、望みのない付き添いをもっと望んだ。時間は砂時計の砂のように、取り返しのつかないほど落ちていく。いつかは抜けてしまうとわかっていても、引力と物理法則に従って、まだ過去になっていない刻一刻のイマを大事にしなければならない。
「じゃあ、旅に出よう。遠いところは無理かもしれないが、週末に温泉にでも行ったらどう?」
城戸は原稿を置き、木島に問うような目を向け、自負をもって提案した。
「本当?そんな大金、持っている?」木島は急に目を輝かせ、元気に頭を上げ、声まで明るくなった。
城戸は呆れたように木島を見ていた。こいつは本当に金のことが何もわかっていないか、と思う。
「出版するたびに原稿料が口座に振り込まれているじゃないか。重版も印税が入ってるって、知らなかったか?」
「そういうことは、君に任せているじゃん。僕はタバコを買うお金さえあればいいんだ」
木島は、非常識なことを堂々と言った。まるで、相手のほうこそが非常識かのように。
城戸は呆れてついに笑った。こいつは人生の勝ち組にほぼ入ったのに、債務が返せない境地まで落ちたなんて、これまでにどれだけのお金を取られたか。過去はしようがないことだが、これからはどうしたらいいか。自分が見ていなかったら、こいつはまた前のような落ちぶれた男になるのではないか。そう思うたびに、城戸は「心配性のおやじ」キャラになった。
「大丈夫、お金はあるから。鬼島先生のおかげでお給料も上がったし、連れて行こう」
木島が楽しみそうな顔をしているのを見ていると、城戸も心が明るくなった。いつまでも木島を喜ばせるのは難しいかもしれないが、彼を喜ばせることができるなら、すべてをかけて木島の笑顔をみたい。
冬は過ぎていったが、風はまだ冷たい。出がける前に、城戸は木島にマフラーを直して、しっかりと顎まで巻いてあげた。木島も珍しく何の抗議もせず、包み込まれたまま、目には花のような笑みを浮かべていた。
伊豆半島行きの列車は、広々とした美しい海岸線を走っていた。冬の終わりの澄んだ日の光が、静まり返った海に燦々と降り注ぎ、それらが車窓から木島の青白い頰を照らしていた。木島はガラスに軽く額を当てて、その澄んだ光と遠い青空を眺めた。列車のスピードが速く、景色が一瞬にして消えていった。少し目まいがしても、木島は目を閉じるのが惜しくて、ぼんやりとした幻影だけでもうれしい。
「ちょっと寝るか」
城戸は、木島が目を閉じてからすぐ開けようとしているのを見て、心が少し明るくなった。木島はいつも遅く寝る癖があって、昨夜は出かけるのに興奮して、2回もやったし、朝早く出発してきたので、かなり疲れていたと推測した。
「ううん…もういい。海を見るのが好きなんだ」
木島は小声で断り、少し目を大きくした。
城戸はふと、罪悪感を覚えた。木島が長い間、海を見ることができなかったせいを自分にしたのだ。蒲生田宅にいるあの日、心の中に秘めていた言葉を口にすることができず、そのまま曖昧に木島と一緒にいるようになってから、罪悪感は何かの慢性病のように彼の体の中に潜んで、どんどん伸びていき、時々鋭い棘が生え、苦い毒が滲み出てきた。
「これからもちょくちょく出かけようよ。眠くなったら無理しないで」
城戸が低い声で勧めた。
木島は城戸のほうを振り返り、大人しく頷いた。城戸の勧めが好き。それは強引ではなく、海岸の岩場のような、頑丈で安全な感じをもたらす言葉だ。
いくら美しい海の景色でも、見ているうちに眠くなってくるものだ。結局、木島は疲れをこらえきれずに頭を揺らして眠ってしまった。城戸が彼を引き寄せ、肩に頭を載せさせ、木島の小ぶりな鼻先と曲がり上がった口もとを見ていると、頼りにされているような気がして、生き甲斐まで出てきた。周囲からのぞきこむような視線や囁きがあった。まったく気にならないわけではないが、考えたくもない。
木島と再会してから、城戸がそれまで信じて急ぎ足で歩き続けてきたあの簡単で安らかな人生の道は、もう消えたのだ。今はまるで雲や霧の中を歩いているようだが、迎えてくるのが平坦な道か、脇道かわからなく、目的も方角もなく、盲目なのに痛快だ。これが自分の好きなものだか?城戸は答えを出せない。城戸はただ木島が楽しそうにしているのを見るのが好きで、木島がちゃんと生活して、ちゃんと書いていればそれで満足する。
河津桜や温泉街が点在する行楽地ではあるが、節分の三連休明けとあってまだ春も来ておらず、訪れる客も多くはない。城戸はあらかじめ車を借りておいて、駅前の小さな喫茶店で木島を待たせておいて、自分で車を取りに行った。
城戸は通りの反対側に車を停めて木島にメールをした。しばらくして、木島はかつておもむろに歩いてきた。その姿には、世の世俗の煩悩を捨て去る寂しさがある。あの夜の道端で見かけられたときの木島と変わりがない。
木島は車に乗り込むと、城戸の口に小さなケーキを押し込み、手にした紙袋を少し自慢げに振った。
「コーヒーと食べ物を持ち帰りにしてもらったよ」
城戸はわざと大きな声で褒めた。
「まともですね、木島先生、面倒見がいいね」
木島は清秀の顔に穏やかな笑みを浮かべ、城戸を注視した。そう見られて、城戸は頰が熱くなり、交差点で違う方向を曲がりそうだ。すると、木島はふうふうと笑い声を上げ、不意にまた何かを城戸の口に運んであげた。
二人が目指す湯島は川端康成の恋の故郷で、出世作『伊豆の踊り子』を書いた場所だ。城戸は近くの草津温泉にでも行ってみようと思っていたが、ネットで調べてCMが飛んできて、気が変わった。木島は学生時代、川端康成が好きで、文学部でその作品を推薦していた記憶があり、そのため太宰治好きの同級生たちと激論を交わしたこともあったと城戸が覚えている。そのとき、中道派の城戸が、大目に見て手伝ったらしい。あいつは覚えていないに決まっている、そう思うと城戸は頭を掻いた。
伊豆に行かないかと尋ねられて輝く木島の目に、城戸の心は胸の中で狂ったように鼓動した。その後、木島の柔らかな唇が召喚の合図を送ったので、すぐにキスをするほか何もできなかった。熱愛という言葉を除いて、一切を説明することはできなかったが、図々しく木島を恋人と呼ぶこともできない。身分に相応しくないキスには、唇と舌の繋がりだけが真実だ。
「ああ、そうだか、思い出した」
木島の突然の声に、運転に没頭していた城戸はきょとんとした。
「思い出したよ!城戸君は本当に文学部の……僕が柏木君と弁論している時、助けてくれたんだよね」木島は何か重大なことを発見したように興奮している。
城戸は返事にこまった。いまさらそんなことを言い合うのはけちくさいとずっと苦笑していたが、急に思い出されてそれほど喜ぶわけでもない。
「あ、やっと細かいことを思い出したね。ありがとうございます、鬼島先生」
「でも、確かあの時、篠崎君に告白された。君の彼女だよね。僕を恨まないか」
木島は記憶が完全に蘇ったかのように、城戸が驚くほど詳細に説明している。この質問は的中だった。
「そうね。恨むべきだった。でも、なぜか、憎めなかった。裏切られた気持ちはつらかったけど、やっぱり相手はお前だ。天才木島理生だよ。俺より、お前のことが好きでもおかしくない」
城戸は独り言のように言った。
「あのお嬢さん、本当に目がなかったね。僕なんかに比べたら、城戸君のほうがいい男なのに」
木島はくどくどといいながら、窓の外を流れる青々とした木々に目を向けて、なんかを回避しているようだ。
何気なくの一言が、熱い飛び火のように城戸の胸に当たった。火が燃え上がり、城戸の心臓、血管、皮膚を炙り、一瞬にして胸から飛び出してきそうだった。城戸はハンドルを握り、汗をびっしょりかいている。
何かの音のない暗黙の合意に引きずられるように、車は細い道を曲がり、森に覆われた空き地に止まった。城戸は胸が激しく波打ち、熱い息を吐いている。木島の瞳を見つめた目には、震えるような底流がある。
「後部座席…行くか…それとも」
木島の迷いながらも真剣な提案は、城戸からしては露骨な誘いしか聞こえない。前席の気の毒なほど狭い空間を測り、広いSUV車を借りなくて悔しみながら、自分と木島のシートベルトを手際よく外した。
前の座席をできるだけ前に押し出すと、ようやく後部座席が少し広くなる。木島が革張りのシートに上半身を起こして横になっていて、下半身がゆっくりとシートを擦り合わせ、下唇を噛んで顔が真っ赤になるのを見て、城戸は体にある火がドカーンと上がって、理性をきれいに燃えした。すぐ木島の体に乗せて、木島の頭を押さえつけて、首筋に手を当て、そのぼさぼさの髪に指を突っ込み、勢いよくキスをした。
二人の唇にはまるで生まれつきの引力があるかのように、容易に最も深く締まり合った角度を見つける。含んで含まれて、吸い合い、噛み合い、ふくらんでいた欲望が、灼ける息の交わりの中で、耐え難いほど寂しげな呻き声を上げた。
「ああ……うん……」
木島は足を丸めると、無意識のうちに腰を上げ、硬い股間で城戸の同様に硬い部分にぶつけた。積極的すぎるのはわかっていたが、木島は気にしない。城戸の前で、自分は一冊の開かれた本で、それに雲雨巫山についての本だ。
「ちょっとまって」
城戸はシャツの生地の上から、木島の胸のわずかに出っ張った部分を手際よく擦りながら、自分の上着を引き張り下ろし、慌てて木島の体の下に敷いてやった。
「うん…うむ……ああ……」
木島は城戸の指で体が震えながら、そのけちなやり方に少し腹を立てていた。しかし現実的に見ると、借りてきた車だから、汚してはいけない。仕方なく、木島は狭い空間の中腰を動かしながら、城戸にあれこれと準備をしてもらうしかない。ようやく整うと、二人は重なり合ったまま息を切らし、あまりにも静かで閉鎖的な空間の中で、一つ一つの息づかいが互いの耳に大きく聞こえ、消えられない熱さがつまって、散らばらない。二人はふんか口のそばにいるようだ。
「うむ…うん…あ」
木島は口が熱狂的に侵され、酸素が希薄になった。城戸の引き締まった胸と腕を感情入れて撫でられながら、自分の中の氾濫した痴念に服従した。彼ははげしい羞恥心をこらえて、堪えきれぬように服をたくしあげ、ズボンをはずし、浅瀬に乗り上げた魚のように身をかがめ、裸の欲棒を城戸の股間に貼りつけ、張り詰めた踵をマットに擦り付けてガシガシ音を立てる。自分がどれだけ渇いているか、どれだけ痛いか、どれだけ恥ずかしいかを相手に知らせたかったのだ。
感情がいっぱい込めた凝視と切迫した催促は、城戸の忍耐に大きく挑む。城戸は木島の耳元で、脱いでくれと言うと、木島が素直に手を伸ばして自分ベルトを外し、大きな肉棒を束縛から解放してあげ、そして、つばがついたなめらかな指で、根元の嚢袋から先端の鈴口まで、ていねいに撫でた。
木島のわずかに開いた唇がはあはあと息をし、眼鏡がそばにおかれて、涙に濡れた目が下を向いたまま、またゆっくりと開き、その瞳に誘惑的な波が溢れる。自分がその中で溺れていくことを、城戸は疑いなかった。
後部座席のスペースが狭すぎて、とてもそれを使うことができないので、二人はただ抱きしめ合い、擦り合い、いじくり合い、体をくっつけ合うようにして、一所懸命生えてきた愛を絞り出すしかない。
「うん…うん…触って…あそこ…」
木島は小さく息をしながら、本能の支配に任せていた。細かい波のような痺れに目眩がしたが、そこにどっぷり浸かりたい。混乱の中で城戸の手を取って、自分の白濁液を吐いている性器に押し当てて、またべたべた後ろの穴を探ろうとした。二人の手にはネバネバの液体がついて、重なり合って、湿った細道を探る。
「入るよ…ほら、足をちょっと上げて…」
柔らかな内壁の高まる情熱を感じて、城戸もさすがに耐えきれず、動きの空間を作るために木島の足を肩に上げ、入口に押し当て、木島の柔らかい奥に深く刺し、一気でぐいっと何度か突き、騒ぐ柔らかい肉に満足のため息をつかせた。彼はどこか慣れた位置につき、体の下にいる人の小さくて甲高い鳴き声を満足そうに聞き、歯を食いしばって数秒待ってから、節度あるピストン運動を始めた。
つきの動きは強いとはいえないが、細い通路はぎっしりと支えられるからか、動くたびに内壁が痙攣し、密着感がいっそう強く、互いの何の動きでも愛欲の狂風を巻き起こす。喘ぎが耳元で、指が肩で締まり、目つきが揺れで砕け、体の結び目にある水音、城戸の額の汗、木島の赤くなった頰に滑り落ちてきた汗、革と体臭の混じり合ったホルモンの匂いが車内を充たす…
木島は自分が蜜を吸っているちっぽけな蜂になっているような気がした。甘い汁に溺れ、香りにふけている。お腹もどんどん膨らんで、他人を刺したくなる危険性も出てきた。もしも昆虫のようなちっぽけな生き物になっていたら、この後部座席は広場みたいなものになっていたかもしれない。すると、どんなふうに欲望をぶつけてもいい。その身勝手でクレイジーな考えは、後ろの穴と前方にある欲棒の絶え間ない刺激から生まれる。木島は震え、合わせ、受け入れ、要求し、城戸の動きが激しくなるにつれて、彼は耐えずに起伏し、乱れている。
「あ……ああ……うん…」
いきなり一番奥まで突き上げられ、快感が放水のように溢れ出し、それまでこらえていた木島の呻き声が急に調子を変え、思わず後ろを向いて窓にギュッと押しつけ、引きつった首の上で喉仏が小刻みに転がった。思わず城戸を押してしまったが、また次の瞬間にぎゅっと抱きついて、沸騰する水のように騒いで暴れた。
嗚咽しながら絶頂の頂上まで登っていくと、城戸の指に熱い白濁液をかけた。城戸がその指をわざと唇に当てて舐めた。木島も口で迎えて、貪欲に一口舐めた。情欲の味がついた二人の唇が再びぴたりとくっつけて、つばと白濁液の匂いとともに、独占や支え合いの望みを呑みこんだ。城戸の肉棒は木島の体の中で最高の礼遇を受けていて、柔らかい腸の筋肉がしつこく引き留められていたにもかかわらず、城戸は歯を食いしばって思い切って、出す前に引き抜いた。ぬくぬくとした通路を離れると、熱々の液が噴き出して、木島の赤くなった股間や下腹に滴り落ちていった。木島はまだ絶頂の余韻に浸っていて、ベージュ色の車の天井をぼんやりと眺めていたが、胸がまた大きく上下し、ときおり後ろ穴がまだ止まらないように小さく息をしていた。
いつのまにか眼鏡が取れた。顔にはうっすらと押される跡がついていて、乾いた涙の跡と重なって、まるで霧雨に濡れたような、虚しい美しさがある。
車窓の外は午後で、覗き防止フィルム越しにも太陽の光が澄んでいる。濾過されたぼんやりとした光が、木島の片側の髪と頰を柔らかく覆っていた。城戸が自分を整え、ティッシュで木島の顔を拭いていると、ふと顔を上げ、光が横顔の輪郭を彫り上げるのが目に入り、美しい叙情詩が頭の中で読み始めたようにみとれた。疑わなく、木島は自分のすぐそば、こんなに近くにいて、少しでも前に出れば、額に貼りついた髪にキスをしたり、落ち着いてきた吐息を聞いたりすることができる。
しかしそのほんの一瞬で、光という彫刻大師が作った、言葉を忘れるほど完璧な木島は城戸に、「咫尺天涯」(しせきてんがい)という言葉を思い出せた。近い場所にいるように見えて、実は遠くにいるかのように手が届かないのだ。木島と一緒にいると一度も言い出せないことこそ、もっとも賢明な自覚かもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?