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カーテンコール ①

 5月の風。なんて、そんな風情、あると思った?さっきから邪魔でしかない。
 ヤツは窓のカーテンを動かして、私の頬をしっぺする。手で払って押し込んでも、暖簾に腕押し。そのまにまに、ふと窓の外を見ると、走り幅跳びの授業をしている。体育の中でも楽そうな授業。小さい人影が、小さい距離をちょこんと飛んでいる。
 とはいえ、5月は好きだ。少し早めに感じる夏を、私は毎年、少しだけ胸元のボタンを開けて迎え入れる。7月じゃ遅い。始まったと思った時には終わっている。だから、私は、誰よりも先に迎え入れて、みんなが夢中になる頃には、そそくさと秋の匂いと戯れる。
 英語の授業が終わりかける。先生の声が徐々に明瞭に聞こえてくる。1日くらい授業を受けなくてもなんとかなることを、入学して大体わかるようになってきた。
 それなりの進学校に進んだ。勉強はそれなりにできた。もちろん、塾は行かないとダメだったけど、それなりに勉強をすれば、それなりのところに行けた。そして、案の定、最初のテストで、そのやり方が通用しないことに気がついた。
 生き方の岐路やな。
 高校に入ってからできた親友、真由子はエセ関西弁でつぶやいた。
 大袈裟ではあるけれど、これから先、勉強というものに対するスタンスを試されているような気がした。それは同時に、勉強以外にどれだけのリソースを割くかの問題でもあった。私はなんとなく帰宅部になり、学校帰りに渋谷のタワレコや本屋を覗く、エセカルチャーガールになった。着替えるのが面倒なので、制服で闊歩するため、時々声をかけられて面倒だったが、一人の時間は最高に最高だった。

「睡眠学習か?」
 後頭部から真由子の声が聞こえた。
「まあね」
 と突っ伏したまま答える。
「高橋先生、ガン見してたよ」
「まじ?」
「まじ。性的な目で見てた」
「きっしょ」
「口悪いぞ」
「あんたもな」
 同じような家庭環境で育ち、同じように口が悪くて、そして、同じような顔面レベルの親友。

 生き方の岐路やなあ。

「次、ホームルーム」
「なんだっけ?」
「あれよ、学園祭のキャスト決め」
 私たちの学校は、学園祭で全クラスミュージカルを行う。それなりにガチのやつだ。それ目当てにうちに進学してくる子も多いらしい。ただ、メインキャストは大体クラスカーストで決まる。まあ、そこが高校生らしいのかもしれない。クオリティ重視じゃないのね、と。
 今は5月。徐々にカーストは決まりつつあって、明らかに高校デビューした子が、そろそろ脱落しそうな時期でもあった。

「あ、寝る」
「待て」
「だって、あんなん出来レースじゃん」
「(声が大きい!)」
 慌ててカーテンの端を掴んで、二人だけの空間を作る。
「(だって、どうせ、翔達と玲奈あたりで決まるんでしょ?)」
「(いや、そうだけどさ)」
「おやすみ!」
「スヤスヤ スヤスヤ」
「アホか」
「エセ関西弁がうるさいなあ」
「そんな寝言あるか」
 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。

 案の定。案の定でしかない。つまらん。耳だけ参加して、机の下で字幕付きのyoutubeを眺める。ホームルームでは、学園祭のキャスト決めが進行していた。
「主役は誰がいいかな」
 自分になるってわかっておいて、周りにフルな。動画に集中させてくれ。
 通知。
〈スマホ見過ぎ〉
〈バレるぞ〉

〈そっちもスマホ見てるじゃんw〉
〈どうせ主役は翔でしょ〉
〈ヒロインは玲奈ね〉

〈玲奈ヒロインはないわ〉
〈歌のレベルがダメ〉
〈あと、顔も言うほど〉

〈口わるw〉

〈お前にだけは言われたくない〉

「柳田、聞いてる?」
 黒板の方から声がしたので、頷いて、そのまま突っ伏した。

「柳田ー!」
「柳田ーーーー!」
「起きろ!」
 右隣に肩を叩かれた。東か。目を開けると、クラスの前半分の席の顔がこちらに向いている。
「柳田に、準主役、やって欲しいんだけど」
 ほえ?
「はやくいってくれよー。中学の時、演劇部だったんでしょ?」
「あ、うん。そうだけど」
「歌もうまいって」
「それはどうかな」
「準主役、どう?実質一番ソロパートが多い役だし」
 確かにそうだ。最近、映画化もされた作品。高校1年生でやるか?と思うくらい難易度が高い。正直、私がやる気になれない理由はそこにもあった。明らかに、レベルの差がありすぎる。しかし、あまりに美味しい準主役。
 そのソロパートは、明らかに演目の眉目だ。
 にしても。
「柳田が一緒にやってくれたらめっちゃ嬉しいわ」
 学級委員長様兼主役の翔様が重ねる。
 クラス前半分の顔しか見えないが、よく目を凝らすと、玲奈がヒロインだと不安だ、と顔に書いてある。そして、それをわかっていて、玲奈ちゃんも私をギロリと見ている。
 こうならないように、黙ってたのにな。視界の右端で、一人だけニヤニヤしている犯人を睨みつける。

「だって、ああするしかなくない?」
 犯人は自白する。
「みんな困ってたしさ、ヒロインは玲奈だから、一応、メンツは保ててるわけじゃん?」
「おーーい。置いていくな!」
 下駄箱から早足で出ていく私を、ローファーを踵まで入れずに、真由子が追いかけてくる。
「やったな」
「でも、まんざらじゃないでしょ?」
 図星。でも、声が掛からなかったら、自分から手を挙げるつもりはなかった。これだけは本当。でも、言わない。我ながら性格が悪いとは自覚している。
「ごめんて」
「その代わり、音響、ちゃんとやってね」
「誰だと思ってるの?」
「そうだったわw」
 私がクラスの不安をわずかながら解消したのち、その他の役割も決まっていった。真由子は自ら手を挙げて、音響係になった。海外の名前のよくわからないマニアックなアーティストを細かく知っている真由子は、軽音楽部でも、おおよそ、軽音楽部レベルでは再現できなさそうな曲達を、一人だけベースで気持ち悪くねっとり再現して、周囲を困惑させている。
「ベースはな、めっちゃいやらしい気持ちで弾くとええねん」
 が口癖の彼女以外に適任はいなかった。
「演劇部辞めてからしばらく経つし、普通に不安だわ」
「そうね」
「だから、色々と助けてね」
「任せて」
「玲奈の時だけだけめっちゃ音量上げとくから」
 類は友を呼ぶ。


 何故、こうなった。
 新宿バスタから見えるビル群。朝焼け。カラスは鳴く。束の間の、湿気のない健やかな暑さ。目を細めながら視界を90度回すと、学級委員長様と玲奈様。準主役の吾妻、渡邉、脚本小嶋。
 やはり、見なかったことにしよう。なぜ、早朝のバスタにいるのだろう。
 もう90度回ると、キャリーケースを抱き抱えてぐったりしている真由子女史。
「朝、ほんと辛い・・」
 何がどうしてこうなったのか、よくわからないが、気づいたら、合宿の予定が立てられていた。「1ーG強化合宿!」なるグループに突然招待されたのは、7月のテスト期間終了後だった。招待者は、江崎(朝弱い)真由子。曰く「なんだかんだ言って、寝食を共にした方が、一体感とか生まれると思うんだよね」
 普段の口の悪さ、斜の構え方から想像もつかない真っ当な意見に、逆になんだか怖くなって、おとなしく参加することにした。

 

  

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