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山登りと、幻想的な体験

土曜日は、奈良県の畝傍山という小さな山に登ってきた。
当たり前のように酷暑の予報が出ていたが、ひょっとして木陰に囲まれながら土の上を歩く条件下では、それほど暑さに苦しむことはないのでは?という考えがちらと頭をかすめ、その考えが次第に大きくなり、酷暑の中山へ登る立派な言い訳になったのだった。

畝傍山の麓は、日本建国の地とされていて、初代天皇「神武天皇」の陵墓にも近い(奈良県橿原市)。
実は、歴代の天皇陵を順番に巡ろうと考えており、そのついでに畝傍山へ赴いたわけだが、すっかり山登りに気を取られてしまった。
というのも、山の頂上で、少なくとも私にとってはかなり幻想的な体験をしたからだ。

登山道は、土の固い道が続き、堅牢なワークブーツと共に一歩一歩踏みしめて登って行った。
同じような道が30分ほど続き、名物スポットのような場所は無かったものの、色々と考え事を巡らせるには十分だった。
体力にまだ余裕が残っている中、早くも頂上へ到達したのだが、幻想的体験はそこで起こった。

その個体は激減し、幻の虫とも呼ばれるタマムシが、明らかに私の方に顔を向けて、それもかなり低いところを飛んでいた(タマムシは、普段とても高くを飛び、警戒心も強い)。
私がある程度近づくと、それを待っていたかのように背を向けて、近くの分かりやすい切り株のてっぺんに止まった。
切り株にとまっても、私に顔を向けながらうろうろとしていた。
金色の身体に鮮やかな青い筋が数本通った、宝石のような見た目には目も心も奪われた。

タマムシ。

「奪ってしまおうか?」という利己的な考えがほんの少しだけ頭に浮かんだ瞬間、どこから来たのかオオスズメバチが顔の周りをものすごい速さで旋回しだした。
こんな所で攻撃され、死さえも予感した瞬間だったが、おそらく、その考えを持つことは自然に反するという、戒めなのだと納得した。
この戒めによって、例の考えとタマムシからは撤退した。

頂上からの景色は、晴れ渡った空の下に山々が映り、その下には街が見えた。
「本当にあの道をずっと通って、ここまで来た」事がまだ信じられないくらいに、自分の足跡を振り返り、噛み締めていた。
頂上で食べた、雑穀米のおむすびは、味付けはしていないものの、絶品の味わいだった。

夏の雲と、栄える町。

下山する時にも、珍事は起こった。
やっと勾配を降り切り、あとは出口へ向かうだけの時に、にわかに唸るような飛翔音が背後、それもかなり近く、こめかみの右側で響いた。
きっとハチが一撃喰らわせに来たのかと恐怖と身震いにおののいたが、やってきたのは先ほどのタマムシだった。
ずっと付いてきていたのか、服かリュックに止まっていたのかは分からないが、私の頭上の葉っぱにしばらく止まったあと、空高くへ飛んで行った。

今回の登山と並行して起こったタマムシとの触れ合いは、人が自然に守られている事実を、私の心に深く刻み込んだ。

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