誰かと比較しても意味がない
自分と他人を比較しない。
よく言われませんか?
こうは思っていても誰かと比較してしまうのが人間です。本を読んでてぱっと思いついたことがあるので、こんな夜中に忘れないうちに書いておきます(たぶん投稿するのは明日。)
比較対象のはなし。
私たちは今までたくさん誰かと比較されてきました。自分が誰かよりも優位に立ってたら嬉しくなるし、反対に誰かよりも劣位にあったらそれは悲しさとか、不甲斐なさとか落ち込みに繋がります。
そこで、比較対象ってのを意識することが大切なんじゃないかなって私は思いました。
心理学の実験は、本当にシビアだと思ってて、何かと何かを比較することで研究結果を出すのですが、そこで大切にされてることが、比較対象を同じにすることなんです。例えば、認知的な実験をしたいときは、器具かなんかで目の位置を固定しますし(角度によっての差が出ないように)、それ以外でも、気温、雑音、条件、、他にも事細かく対象を画一化します。
これには理由があって、人間の心理を調べたいのに、それ以外のこと(雑音や気温など物理的に起こる妨げ)が邪魔しては、正しい結論として結びつけてはいけないからです。ゼミの先生にも、論文を読む時はこの実験方法が正当なのかっていうのを考えなければならないってよく言われます。
そうなんです。比較対象は同じでなければいけない。これを心理実験じゃなくて、人との比較に置き換えて考えてみました。
皆、全く同じドッペルゲンガーなんてのはいません。この地球上に住むすべての人と同様、長所、短所、ものの見方、生育歴、人生経験、etc...それぞれが唯一無二で持っていますよね。
たとえ運命的に考え方が一緒だとしても、絶対どこかは違うんです。
だとしたら、他者と比較するのは正しくないことだっていうのが明白になってくるような気がします。
先ほど例に挙げたようなこと(生育歴とか)が、すべて統一されていなければ、心理実験と同じく、比較したとしてもそれを結論としてはいけないんです。
つまり、自分と他者は比較対象にしてはいけない。っていうのは、持ってる背景が違うからなんです。
唯一無二の存在はそれだけで”特別”です。
でも、時に比較をすることが人を成長させることもあります。欠点は人を成長させるとも思います。
だから誰かと比較して落ち込んでしまってる時に、この考え方を頭の隅っこから引っ張り出してこれたら、ちょっとは気持ちが楽になるんじゃないでしょうか..😌♡
逆も然りで、優位な時は心の中だけで留める。おごってはいけない。私はこれを大切にしたいと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
いい一日になりますように。