徒然短歌② 萩原慎一郎

きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

空を飛ぶのは想像よりも大変らしいです。

滑走路からして、飛行機の規模によりますが1.5km〜3kmほどの距離が必要だとか。日本では最長で4kmほどの滑走路があるそう(google先生調べ)。それだけの土地を手に入れて整備して……ってなると当たり前だけど本当にお金がかかるなぁと呆然としちゃいます。

鳥もすいすい空を飛んでいるようにみえるけど、飛行に不必要なその他の部位の筋力は削ぎ落とされて胸筋特化むきむきのなせる技であって、人間が鳥のような胸筋に鍛え上げるのは無理らしい。発達した大胸筋を支えるための竜骨突起という骨が鳥類には存在するらしく、人間にはない。だから骨の構造的にどだい無理なんだとか。

閑話休題。

掲出歌は恋の歌でしょうか。飛行にいたる諸々の面倒事は用意されていて、ぐちゃぐちゃ悩む必要はない。飛び立つ場所はある。だからあとはきみは翼を手に入れるだけだよ、と。きみの背中を後押しするような、エールを送るような感じ。「滑走路」や「翼」といった語彙からも広々とした空間や空が想像されて、それが爽やかなイメージを歌に与えています。

けれど実際のところ、これは圧倒的に結ばれない片恋の歌なのでは…? 少なくとも、翼を手にできたとして、そのきみの隣に主体はいない。翼を手にして自由に空を飛べる選択肢があるのは、きみ側だけにみえるのです。

思いを通わせあうことはできないけれど、それでもきみの幸せや未来を思って、そっと応援する主体。そういう、やや献身的な叶わぬ恋が浮かんでくるように思いました。

ところで滑走路は用意されてるのに翼はなんで用意してくれないんでしょうね。状況までは整備できたとして、最後の一押し、最後の選択は本人の領域であるからでしょうか。その辺りの自由意志も慮った上で決して踏み込み過ぎはしない。その線引きも献身の恋情の果てにあるように感じられ、一見すがすがしい仮面をかぶった悲愴の歌にみえてくるのです。


作者の萩原慎一郎さんは、32歳という若さで歌集刊行の目前に亡くなられた歌人。11月20日に歌集のタイトルでもある「滑走路」という映画が公開されます(実は掲出歌は予告ムービーに登場してる)。

ご本人にとって「不本意」な歳月を送ってきた中で、こころの叫びを短歌にたくして放ったのが荻原さん。その歌は多くがストレートで真っすぐ心にぶつかってきます。あらためて読み返しましたが、とても火力が強い。防波堤ができてないうちにぶつかると涙腺崩壊します。最後に歌集「滑走路」から数首引用して締めます。

ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる

夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから

抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ

思いつくたびに紙片に書きつける言葉よ羽化の直前であれ



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