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古参の営業マンを切る前に考えるべきこと

 中小企業におけるIT化の推進とベテラン社員の処遇とのせめぎあいについては、既に何度か論じてきた。こういう類の話は、事務部門だろうが生産部門だろうが、中小企業の現場では避けて通れない。なぜなら、中小企業では現場の実質的な実力者が組織上の役職者ではなく、古参の実務担当者であることが往々にしてあるからだ。この古参社員をどう処遇するか…こうした“人”の問題こそが、中小企業のIT化における最大のボトルネックなのかもしれない。
 以前、ある中小企業経営者の集まりで、IT化についてのざっくばらんな意見交換をした際にこんな質問を受けた事がある。「営業部隊のIT化を推進しているのだが、大きな問題にぶち当たってしまった。どうしたらよいか教えてほしい」というのだ。私としては、一瞬返答に窮してしまった。あたかも“究極の選択”といったせっぱつまった質問だったからだ。

 質問の具体的な内容はこうだ。当の社長が経営しているのは建設設備工事会社だが、営業スタッフは合計10人いる。その中で、1人のベテラン営業マンが突出した売り上げをあげており、この人物の受注だけで会社全体の4割を占めているとのこと。他の営業スタッフの営業成績はピンからキリまで。経験が1、2年の営業スタッフも3人おり、当然のごとく営業成績はかんばしくない。

 厳しい経営環境の中、この会社もご多分に漏れず、営業力の強化が死活問題との社長の判断で、ITを活用して営業成績を向上しようと考えた。そこで、ITベンダーに相談して、SFAの導入に向けて動き出した。まずは電子メールを導入し、日々の営業日報の共有を本格的なIT活用のための“準備体操”として試す事にした。お決まりのようにLANを導入して電子メールが利用できる環境を整え、操作教育も済ませ、電子メールの活用に踏み切った。運用開始後2、3ヶ月経つと、ほとんどの営業スタッフはキーボード入力にも慣れ、営業日報を共有できる準備が整った。

 ところが、ここで大きなハードルにぶち当たってしまった。くだんの社長はこう嘆く。「実は、トップセールスのベテラン営業マンが、IT導入に反発しているんです。ITなんかで営業成績があがるわけがない。経験と勘と人脈の蓄積こそが勝負だ。オレは使わない!といった頑固一徹な主張に対して、どうにも説得できず、弱ってるんです」。実は、社長は、このベテランがIT活用について積極的でない事は初めから知っていた。それでも、周囲が皆ITツールを使い出せば、ベテラン氏もいつかその気になって使ってくれるだろうと甘く見ていたのだ。「ベテランを切るべきか?IT化をあきらめるべきか?どちらがいいんでしょうか」…これが私が返答に窮した質問だ。

●ITかアナログかの二者択一で考える必要はない

 追いつめられた経営者は、こういう極端な思考に向かいがちだ。もっとも、それは当事者でないから言える“評論家的発言”かもしれない。貢献度の高いアナログ的なベテランが実際にIT化の障壁となってたちはだかった時の、推進者の無力感、絶望感は想像するに余りある。

 一筋縄では解決できないのは事実ではあるが、ここはひとつ落ち着いて考えてみる必要がある。そもそも、これは二者択一で考えるべき極端な話なのだろうか?いくらITの時代とはいえ、営業の基本は相変わらずアナログな能力のはずだ…こう考えていくと、一つの打開策が見えてくる。

 例えば、いくらIT否定のベテランでも、名刺データをデータベース化した上で、一ユーザーとしてそれを使用することには、大きな異論はないはずだ。また、自ら入力して情報を発信することは気苦労でも、部下のメールを開いて日報を閲覧する事ぐらいはできるはずだ。入力の手間を免除した上で、口頭で部下に営業案件をどう進めればよいのかをアドバイスをしてもらえれば、チームとしてITを活用したと言えるのではないか(もちろん、ベテランがメールを返したうえで、口頭でフォローするというパターンが理想的ではあるが…)。

 ベテランにITを使わせること自体が目的ではないのだ。要は、ベテランが持っているアナログ的な力を、組織のために最大限役立ててもらうにはどうしたらよいかを考えればいいのである。そのために、ITツールの操作でハンディーを負ったベテランに対してさりげない形で支援をしつつ、ベテランの尊厳を守る形でチームの力を引き出していけばよい。

 と同時に進めたいのが、人事評価システムの変更である。旧来の日本の中小企業の営業体制というのは、特定の顧客にマンツーマンで食らいつき、良好な人間関係を保ったうえで受注につなげるというパターンが多かった。だが、現在営業現場にIT導入が求められている背景は、個人でなくチームの力で新たな受注につなげていく必要が生じたからに他ならない。従って、営業成績は個人ではなくチームとしての結果を重視し、ベテランにはベテラン個人の受注量より、チームの成果にどう貢献したかを問うていかなければならない。営業のIT化の核心はまさにこの部分である。もし、「個人からチームへ」という方向性自体にベテランがどうしても納得できないなら、敢えて馬謖を斬る必要も生じるかもしれない。

 ベテランのためにIT化を断念するか、あるいはベテランが辞めてしまってでもIT活用を推進するか…それは実際のところ、ITがどうのこうのとはまた違った次元の問題なのである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第22回 古参の営業マンを切る前に考えるべきこと」として、2002年4月8日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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