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「サイレント・マジョリティの声」を吸収する社内体制の確立を

 私がよく行く和食チェーン店で、こんなことがあった。ある客の一人が運ばれてきた漬物にクレームをつけていた。いわく、「この漬物は水びたしじゃないか。きちんと絞った漬物を出せないの」と…。若い店員は「それは水ではなく、漬物から出た汁ですよ」と説明し、客も一応それで矛先を収めた(ように見えた)。しかし、漬物に対するクレームは確かにあったのだ。びしょびしょの漬物を客に出すのは、店舗オペレーションとして誉められたことではない。
 これがひと昔前なら、鬼軍曹のような古参店員がいて、いの一番に「お客様、どうも申し訳ございません。代わりのお皿をお持ちいたします」と言ってさっと対応。後輩のバイトには「お前、神経が切れてるんじゃないか? お客様はお前の屁理屈を聞きたいわけじゃないんだよ」と叱ったうえで、その店舗で二度とそんなことが起きないようにしただろう。ところが、最近のチェーン店ではローコスト・オペレーションが徹底しており、店長以外はすべてアルバイトかパート、しかも長期就業者は少ないのが常態化している。“古参店員の常識”に最早頼るすべはない。

 この店には「お客様の声をお聞かせください」という類のアンケートハガキが置かれており、抽選で食事に使える金券をくれるようだが、例の客がハガキを手にすることはなかった。当たるかどうか分からない景品のために、わざわざ漬物のことを書いたハガキなど出せるか…これがまっとうな顧客の感覚である。このままでは、顧客の不満が本部に吸収されて店舗オペレーションが改まる可能性はないだろう。

 私は、これは昨今のCRMブームと極めてよく似た構図だと思う。現場を削りに削って組織の“感性”を殺してしまったうえで、様々なツールさえ導入すれば顧客の声を把握できると過信する…その結果、顧客の静かな反乱が始まるのだ。

 現在、業種を問わず最重要の経営課題とされているのは「顧客の囲い込み」とか「リピーター作り」とかいった類だ。そのためには顧客ニーズを的確に把握し、同時に顧客からのクレームを確実に業務改善につなげていく必要がある。

●システム・人事・社内コミュニケーションの連動で

 「顧客ニーズの把握」というと、店内なり商品なりにアンケート用のハガキを添える、あるいはメールマガジン、Webなどでアンケートを行うことをすぐに考えがちだ。確かに「何もしない」よりはマシかもしれない。しかし、先に見たように、商品なりサービスなりへの希望や不満を「わざわざ」「親切にも」アンケートに書いてよこすのは、かなり“変わった顧客”と考えておかねばならない。何も発言してこない顧客層の“声なき声”を読みとり、それを事業のオペレーションに消化・吸収していくことこそ、強く求められているのである。特に中小企業の商圏・顧客層は小さく狭い。そうした条件にもかかわらず“声なき声”が読めないようでは、致命傷になりかねない。

 「顧客から直接クレームを聞くのが難しいのなら、やはり現場の人間から情報を得るしかない」…そう考えてくださるのなら、正解に一歩近づいたといえる。だが、そこで次の検討課題があなたの前に立ちふさがる。では、どうやって現場から声を集めるのか? メールだろうか。手書きのレポートだろうか。そもそも、てんてこ舞いしている現場の人間に、そんな作業をしているゆとりなどあるのだろうか。さらに「客のクレームを報告すると、クレームを言われた当の自分や上司、はては営業所や店舗の評価に響くのではないか」という現場の不安をどう払拭していくのか…。

 つまり「顧客の声を経営に反映させる」と一口にいっても、それは単なるシステムの構築にとどまらず、社内の人事制度のありようにまで関係してくる問題なのだ。そうした検討の結果として、例えば「ボイスメールか携帯メールで報告してもらうのがいい」「業務時間の合間に報告しても、上司はそれをとがめてはならない」「報告件数が多く、有益な情報が多い社員は、トップ自ら表彰する」といった総合的な施策が出てくる。どういう手段が最適かは業種・業態によって様々だ。

 まずは、トップ主導で会社としての顧客戦略をどうするのかを考える。次に現在の自社の組織を冷静に見つめ、顧客の声を吸い上げる仕組みを考える。そして、それをツール、評価制度、トップから社員へのコミュニケーションにどう反映させるかを段階的に詰めていく…これが現実的なやり方だと思う。IT化だけを焦り、現場の人間にとって使いにくいシステムをつくったり、現場への心理的なインセンティブやフォロー体制を何も整えないで発進する愚は避けたいものである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第32回 『サイレント・マジョリティの声』を吸収する社内体制の確立を」として、2002年9月10日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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