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情報共有の出発点は「書く力」「考える力」にある

 「情報の共有化」というテーマは、相変わらずIT化の目的の上位に位置している。いや、むしろこのキーワードは、新聞やビジネス系の雑誌などでも日増しに目にする機会が多くなってきている。最近、深刻な社会問題となっている新型肺炎のSARSも、その対処の成否の要因に情報の共有化を挙げる記事も目に付く。にも拘わらず、“感染者である台湾人医師が関西に滞在していた”という開業医からの一報が、関西空港の検疫所で丸一晩寝かされていたという事実は驚きである。人の生命にかかわる情報の持つ意味を、検疫所の担当者は全く理解していなかったということだ。こうなっては有効な情報の共有化など望むべくもない。
 話が少し逸れたが、最新の、あるいは生の情報を関係者が共有することのメリットは計りしれない。中小企業としても、是非実現したいとの思いに駆られるのは当然である。そしてこの情報共有のためのITツールとして、電子メールやグループウエアは、今や市民権を得たといってもいいだろう。

 例えば私は仕事柄、多くの中小企業と接点を持つが、こうした取引先では電子メールはいうに及ばず、既にグループウエアを導入していたり、あるいは導入を検討中であったり、といった企業が実に多い。しかしその使い方をよくよく聞いてみると、装備されている機能の十分の一も活用していない(いや、できていないという方が正確だろう)。せいぜいスケジュール管理や掲示板の活用程度でとどまっているのだ。

 しかし「情報の共有化」が本来目指すべきものは、こういった初歩的なレベルではない。従業員同士の業務に役立つ知恵や意識を出し合い、それを皆で分かち合い、そして実際の活動に役立てていく、ということだ。そう考えると、役立つ情報は現場にあり、といっても過言ではない。企業活動にとって重要な情報は、現場中心に発生し、飛び交っているのである。特に、お客さんと直に接する営業やサービスの現場は、“経営に活用するための情報の源”という意味で宝の山である。だからまず経営トップや現場責任者は、これを何とか活用したいと考える。そしてそのためにうまく情報の共有化を実現したいと考える。ツールとしての電子メールやグループウエアは既に導入済みだ。しかしこれが、なかなかうまくいかない。

●情報はまず“記録”されなければ、活用できない

 では、なぜうまくいかないのか。私はその理由はいくつかあると考えているが、一番大きな理由は何かと聞かれたら、迷うことなく「書くスキル」であると答える。というのも、情報を共有できる唯一の手段は、記憶ではなく“記録”である。できる社員の経験や勘や度胸といったものは、専門的に難しくいえば、「暗黙知」ということなのかもしれないが、しかし基本的に見える形になっていないものは、効果的に共有して活用することは難しい。

 例えば、営業部隊が得た顧客情報を、他の部署の人間も知りたいと思う。あるいはサービスの現場での顧客とのやり取りや顧客の声を、他の部署の人間も知りたいと思う。これを実現しようとするなら、やはり顧客に直接相対した従業員自身が、文字として記録に残し、発信するのがベストなやり方なのである。そしてまずはその第一歩が、電子メールの利用である。

 ここで、電子メールの活用のステップを考えてみたい。以下の3段階が挙げられるだろう。

1.便利になる
 電子メールで流したメッセージが、お互いのコンセンサスのもとでタイミングよく確実に読まれることで、効果的な情報共有が実現し、その結果「便利」になる。

2.考えさせる
 これは上司の役割である。メールが送られてきたら、相手に「考えさせる」ような返信をする。例えば部下の出してきたレポートに対し、さらなるレベルアップを求める指示(=返信)をしなければならない。

3.考える集団になる
 メールをやり取りする個々人が、「自ら考えた情報をやり取りする」ことで、問題解決の精度やスピードを高めることが可能となる。こうなればお互いの信頼関係も増し、また顧客への対応もより効果的なものになる。

 例えば超優良企業であるトヨタは「3」の段階といえるだろう。同社の従業員は業務に臨む際、「なぜ」を5回繰り返すという。この“徹底して考える”という基本スタンスが、一個人のレベルではなく、企業体としての考える集団となって、他社には真似のできない強い会社の屋台骨を支えているのだ。

 大企業では、情報の共有化が必ずしも成功しているとはいいがたいが、少なくとも、「書く習慣」は前提として身に付いている。だから「1」もしくは「2」の段階までは、比較的早いタイミングで達することができる。

 では中小企業はどうだろうか。当然、中小企業も実現したいことは大企業と同じである。むしろ、中小企業の活動の方が大企業よりもより現場に近いために、“社員が自ら考えるようになる”ことは、大変重要なことである。創造力を発揮し、知恵を出し、顧客対応や現場業務の改善に励むことが、企業体力の増強の近道であることは明白だ。

●活用できる情報を“記録する”ためには、まず書く内容を“考える”

 しかし中小企業がいきなり電子メールを使って、考える集団に変身できるかというと、ほとんどの会社ではまず難しいだろうと思われる。そもそも「書くスキル」が身に付いていないのである。先に情報を共有する手段は“記録すること”と書いたが、つまり中小企業では、この記録すること自体が難しいということである。理由はいろいろ挙げられる。少人数であるためにお互いが顔の見える範囲にいて、もっぱら“会話”でのやり取りが優先され、とりあえずはそれで済んでいる、あるいは一人一人が多くの業務を抱えていて、誰がどんな情報を持っているかさえ把握できていない、といったことである。しかしこれでは情報やノウハウは従業員の一部で瞬間的に浪費されているだけで、全社的な活用というレベルまでには、到底達していない。だからまずは“記録する”ことの意味を理解するところから始めなければならない。

 そこでこの“記録する”ということを、もう少し細かく考えてみると、

1.まず、伝えたいこと、言いたいことをまとめる。
2.それを記録する(=書く)。
3.そして、しかるべき人に伝える。
4.それを集団での活用に向けて、共有する。

 ということになる。

 ここでポイントなるのは、記録する前にはまず、伝えたいことをまとめる、という作業が必要だということである。つまり、何を伝えるのか、ということを、書く人間(=記録する人間、情報を発信する人間)が真剣に考える必要があるということである。第46回の『情報共有の大前提は、情緒的なやり取りができていること』で私は、相手からの言葉があるからこそ、自ら発信する情報に魂が込もる、と述べた。またそうすれば、受け取った相手もさらに魂を込めて、情報を返してくれる、とも指摘した。お互いに魂を込めるためには、“考えること”が必要だ。情報を受け取る相手のことを考え、伝えるべき情報の内容を考える。そうして初めて、情報の共有や活用は実のあるものとなるのである。

 こう述べてくると、中小企業の経営者の方は、従業員に記録してもらうだけでも大変だと感じられるかもしれない。しかし実は「3」までは、日報などの徹底で訓練できるものである(もちろん日報にコメントを与える立場の人間の役割は非常に重要であるが)。現に私の顧客でも、私たちがアドバイスする以前から、この手書き日報に取り組んで成功している企業はいくつかある。こういう会社は“書くスキル”また“考えること”はもう身に付いているといっていい。だから手書きが不便に感じてきたら、電子メールなどを使って便利になる方法に切り替えていけばいいのだ(ちなみにグループウエアには、電子メール機能が付いているのが普通で、仮になくても、日報などに準じる機能は必ず盛り込まれている)。

 そして、「4」の段階まで実現できれば、あとは仮説検証のサイクルに則って、考えることを繰り返すようにする。この考えるとは、繰り返しになるが、現場の個人個人が知恵を出すということに他ならない。

 今の世の中、効率よく企業を強くしていくためには、効率よく人を育てていく必要がある。「情報の共有化」はまさにその一環ともいえるだろう。“口伝えの伝承”や“見て盗め”といった悠長なことをしていては、ドッグイヤーで動いている市場から取り残される。丁稚奉公の世界は、今の時代ではもう通用しない。一人一人が考えて情報発信する姿勢を身に付けられるような環境作りが、これからの企業には必要となるだろう。有効な情報の共有や活用も、まずは人あってこそ、である。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第50回 情報共有の出発点は『書く力』『考える力』にある」として、2003年5月26日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト