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オフショア開発によるシステム価格下落は、朗報とは言い切れない

 かつて大手ベンダーが提唱した「付加価値」によるシステムの値付けは一向に浸透していない。それどころか、中国でのオフショア開発浸透で、基準はますます人月ベース指向になり、しかも価格の大幅下落が進んでいる。しかし、同時に品質面の混乱を生んでいるだけに、中堅・中小企業は注意が必要だ。


 ソフトウエア開発をITサービス会社に委託した経験のある方なら、見積もりの不可思議さに同じ思いを抱いていている人は、結構多いのではと思う。実際、いまでも、例えば、販売管理システムをオーダーメードで作成しようと見積もりを依頼してみると、見積もり内容は、人月単価が基本になっていることが多い。

 人月単価を簡単に説明するとこうだ。ソフトウエアの製作の工程をざっくりと分けると、設計をする作業と、その設計に基づきプログラミングをする作業になる。前者はシステムエンジニアが担当し、後者はプログラマーが担当する。

 そのいずれにおいても、基本的には時間仕事であり、従って見積もりも、例えば、設計に2人のシステムエンジニアが2人で1ヶ月かかると想定した場合、見積もり工数は2人月。金額に換算すると、1人月あたり80万円(大手メーカーであれば、これよりはるかに高い)として160万円となる。プログラミングであれば、1人月あたり60万円で同じように計算する。

 プログラミングに関する見積もりをより精緻に行おうという試みもある。プロジェクト管理の手法の一つでWBS(Work Breakdown Structure)というのがあるが、要するに、ソフトウエアを作成する作業を小さい単位まで細分化して、進捗管理をしようという方法である。結局は、建築工事でいう人工仕事とさしてかわらない。基本は人があるプログラミングを製作するのに何時間かかるという見積もりになる。

 ただ、こうした努力には限界がある。建築業界は、鉄筋工にしても型枠大工にしても、1日あたりの作業ボリュームが標準化された指針が存在しているが、ソフトウエアにはそういうものはなく、生産性は極端な場合、数倍違うこともある分、その積算根拠はファジーではある。

●一向に根づかない「付加価値」によるシステム価格の算出

 十数年も前から、IT系の大手メーカーなどが付加価値を増大させるために、「IT業界は、ソフトウエアの見積もりを人月単価ではなく機能単位の付加価値で見積もる手法に転換すべきだ」と提唱し、変革を促してきてはいるが、基本的には一向に変わる気配はない。

 私もかつてユーザー企業の情報システム部門に所属した経験があるので、こうした提案が実施可能かどうか、ある程度はわかるつもりだ。ソフトウエアでも多くのユーザーによってその生産性が検証できるパッケージ製品ならいざ知らず、自社使用目的のオーダーメードのソフトウエアで付加価値を算出するのは無理があると思っている。使い手の側の力量に左右される部分が大きすぎるからだ。

 もし人月単価ではなく、付加価値による見積もりが定着する可能性があるとすれば、そのソフトウエアを導入したことにより、売り上げや利益が増加した分の何%かを成功報酬として受け取るような契約方式が広まることが条件になる。そうすれば、オーダーメードソフトの付加価値は成立するのかもしれない。

 いままでの議論はある程度知れ渡ってはいるが、最近さらに新たな問題が生じてきている。それは、IT業界の空洞化の問題である。ひところは、製造業の空洞化が頻繁に話題になったものだが、最近では、IT業界の空洞化が劇的に進行している。

 ソフトウエアを作るビジネスがIT産業の大部分を占めているが、このソフトウエアの製作工程の内、上流の設計部分などを除くソフトウエアのプログラミングの部分を中国などに委託する動きが盛んになっている。本来は、もっと、上流行程から委託したいのだが、現実的には、まだまだ幾つかのハードルを越えなければならないのが実状だ。

●オフショア開発はシステム価格下落と同時に品質の混乱を生んでいる

 こういう形態を「オフショア開発」とIT業界では呼んでいるが、言葉、文化、距離などの問題で、失敗事例も多いと聞く。しかし、低人件費や技術レベルが高いことを最大の理由に、急速に進展しており、いずれ様々な困難は克服されるだろう。

 人件費が高い・安いという話になると、やはり判断基準は、人月単価ベースでの見積もりに揺り戻される。

 いままで、ソフトウエアを日本の国内の企業に委託してきたユーザー企業側から考えると、すでにこういう動きは本格的に始まっているのが現状であり、自然と、いまでよりも更に安い見積金額が提示される可能性がある時代に突入したと言える。大手のユーザー企業の中には、オフショア開発を前提で委託先を選定するケースもでてきている。いずれは、ユーザー企業でも、ブリッジSE(システムエンジニア)を自社で確保し、プログラミングの製作は外国でというスタイルが定着するかもしれない。

 いずれにしても、中堅・中小企業のユーザー企業であっても、ソフトウエア作成時のこうした見積もりの内訳や内情を知っていても損はない。

 もっとも、必要以上に価格を叩きすぎると結局は、安かろう悪かろうに突入してしまう。ソフトウエア開発が本質的に人工仕事である限りは、致し方がない事をしっかり認識しておくことも重要だ。事情を知ったうえで、実際にどう行動するかはまた別の問題なのである。

 こういう現状を考えると、IT業界が、半永久的に、人月単価の見積もり方式から付加価値の見積もりへの転換は起らないように思うのは、私だけだろうか。今後システム費用の下落は進むだろうが、それが必ずしも朗報とは言い切れない。安かろう悪かろうのシステムをつかまないために、信頼できるベンダーをどう見つけ、どう関係をつなぐかのノウハウが非常に重要になるだろう。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第77回 オフショア開発によるシステム価格下落は、朗報とは言い切れない」として、2004年7月6日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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