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ネット利用の社内モラルは、マニュアルに頼らず額に汗してつくる

 ITブームが去ったいま、かえってインターネットの普及が着実に、急速に進んでいる。既に少なくとも5000万人以上の人が利用者となっている。中小企業といえども、社内にインターネットへのアクセス環境がない会社を探すのは、なかなか難しい時代だ。企業活動の一環で、このインターネットをどう活用して経営や仕事の成果につなげるかを考えた場合、それは経営論に直結する奥深い問題が潜んでいることを、意外と経営者はご存じない。
 ある会社でこういう議論が持ち上がったことがある。インターネットの私的利用を業務時間中に認めるか否かという問題だ。これは、ITを現場業務に有効に活用するために、パソコンの環境整備、ベテランの社員も含めたパソコン操作の習熟、その次の段階としての日常業務への有効活用といったオーソドクッスな支援を我々が進めていく過程での社員との合同ミーティングで発生した議論である。

 この会社は、主にシニア世帯対象のリフォームサービスを営んでいる会社である。お客様から受注を獲得できるかどうかは、他社と差別化した斬新で独創的な提案力が勝負となる。当然、提案書は施工実績やインパクトのある画像や写真なども取り込むことが要求される。企画力、構成力の勝負であり、スピーディーさも必要だ。提案書を作成する社員としては、自身のプレゼンスキルを洗練するための日頃の訓練が欠かせない。インターネットはそういう意味では、格好の勉強の場となりうる。探す気になれば、豊富な事例や画像などの宝の山なのである。

 インターネットをどう使うかについて、賛否両論、様々な意見が出た。ある現場の部長は、ITには精通している人であるのだが、開口一番「目的いかんを問わず、私用でのインターネット利用は禁止するしかない。世の中には、社内からのアクセスを監視するソフトを導入して、不正な使用を監視しようとしている会社もある。我が社としても、この方向でしか考えられない」との意見。管理職の立場からは当然だろう。

 ある若手の現場社員は「どうしてそんな社員のことを疑うのですか? そういう考えをする会社自体、納得いかないです」。やや感情論が先にたっている。

 あるベテラン営業の社員は「パソコンなどさわったこともなければ、インターネツトなんて何のことかわからない。だからこそ、やっぱりいろいろ使ってみないと…。そういう目的であれば、私用も認めても良いのでは?」と実感を込めて語る。

 社長も同席していたが、困惑した表情で、これだという方針をすぐに打ち出すのは難しいとの曖昧な説明。もっともなことである。社長はこういう問題に関しての明確な判断基準を持ちえていなかったのだから。

 Web閲覧だけでなく、電子メールの利用の場面でも同じようなことが言えるわけだが、こういう問題に関しては、多くの企業が戸惑いモードであることも事実である。かといって、いきなり“セキュリティ・ポリシー”(後日、必要性などは詳しくお伝えするが)の策定と運用でもないだろう。

 ITサービス会社に相談を持ち掛けると、おおよそ答えは決まっている。セキュリティ・ポリシーなるものを雛形通りに導入、社員教育を徹底し、ITツールも導入すれば磐石ということでアクセス監視ソフトの導入までを一気呵成に進める…こうした至れり尽せりの提案が出てくるだろう。良いか悪いかは別として、それが彼らのビジネスなのだから当たり前だ。

●いきなり安直な答えを求めず、積極的に悩んでみよう

 結局このリフォーム会社は、ベテラン社員の強い意見を尊重して、期限限定で私的利用を認めることとした。ある程度、操作に関しての習熟度が進んだ段階で、当たり前のこととして、まったく仕事に関係ない私用利用は禁止する方向で、ともかくやってみることから始めたのだ。

 今回紹介した事例が、必ずしもどこの企業にも適用できることではない。私的利用の習慣が一時期ついてしまうと、元にもどすのが大変なのは明白だ。経営者としては、会社の信用失墜や、生産性の低下や従業員のモラルダウンにつながるリスクは避けたいところ。つまり、私的利用は最初から一切禁止というのが、経営者にとっては一番ラクな方針なのだ。

 しかし視点を変えて、交通規則(法律)と交通マナーの問題と同じように考えてみてはどうだろうか。インターネットや電子メールに関しては、大げさな話ではなく、先ほど法案が可決された個人情報保護法案の迷走ぶりでも分かるように、まだまだ、規則という面での整備はこれからだ。自動車が普及し始めたころ、まず最低限の交通規則ができ、それが次第にブラッシュアップされ、それと並行して交通マナーというものが確立されてきた。このマナーの存在が、交通規則の運用を円滑にしているのは間違いない。

 ネット社会にも同じようにマナーの確立が急がれるということに異論のある人は少ないだろう。しかし、マナーをいきなり確立するのはムリがある。各々の企業文化になじませながら、時間をかけて熟成させていくしかない。この意味でも、企業がインターネットや電子メールの利用を考えていく際に、社員の自主的なマナーや常識的な使い方のマスターにチャレンジしていくことは、決して会社やその社員の成長にマイナスにはならないだろう。いうなれば、目的を明確にした私的利用のあり方を考え、それを積極的に認めるということである。こうした懐の深さがあってこそ、中小企業に欠かせない、自立した社員による高いレベルのチームワークが期待できる。

 いずれにしても、会社の中でこういう議論を繰り返していくことは、IT活用時代の組織の再構築にとって、とてもよい訓練課題となる。がんじがらめの規則や監視だけで新しい事態を乗り切ろうとしても、それはいずれ破綻する。IT活用はメリットとリスクの両面から、ある程度手間をかけて考察し、組織になじませていく必要がある。

 次回は、顧客情報や機密情報の漏洩についてのテーマを採り上げ、今回の話との関連させながら掘り下げてみたい。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第51回 ネット利用の社内モラルは、マニュアルに頼らず額に汗してつくる」として、2003年6月9日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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