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導入手順を誤ったIT化は軋轢しか生み出さない

 ITを自社の基幹業務に導入したい。あるいは部分的には既に導入しているが、今後より一層のシステム改善と再構築を目指したい…そう考えている中小企業経営者の方は多い。残念なことに、このように進取の気性に富んだ経営者であっても、「何のためにIT化するか」という目的について、社内のコンセンサスを取りつけていないことが往々にしてあるのだ。
 とかくIT化と言うと「売り上げや仕入れなどの一連の伝票処理の自動化」とか「業務に必要な文書の共有」とかいった断片的な側面が連想されがちだ。しかし、見落としてはならないIT化の本質は「企業全体の利益向上を図る」というところにある。伝票処理の自動化にしても文書の共有にしても、本質的にはそういう手段の1つとして存在しているのである。

 だから、IT化するのであれば、まずはそのことをしっかりと周知徹底し、社員・スタッフの意識改革を図った上で協力を取り付けていかなくてはならない。この順番を間違えると、ITは社内に無用な軋轢を生むだけのお荷物になり下がる可能性がある。「業務の効率化」どころか、むしろブレーキになってしまうというわけだ。

●社員各自に「全体最適」の意識を植えつけよ

 IT化に対する意識改革を怠ってしまったがためにIT導入に失敗した企業を、私はこれまでにいくつも見てきた。以下は医療機器や関連サプライ用品の仕入・販売を営んでいるA社の例だ。

 厳しい経営環境が続く中、A社では生き残りを賭け、「利益率の向上」を目的とした業務改善・企業体質の強化に取り組んだ。在庫管理システムを再構築して在庫の低減と不良在庫の撲滅を図り、その上で販売管理システムとの連携、なおかつSFA(営業活動を支援するシステム)との連動まで視野に入れたIT化を進めたのだった。

 システムは順調に立ち上がった。経営者のもくろみでは、これで在庫は最小限になり、効率のよい受注活動ができるようになるはずだった…。ところが半年ほど経過してから現場の声を聞くと、どうもシステムがうまく機能してないようなのだ。というのも、在庫データが実際の在庫状況と乖離しており、改善される様子も見えなかったからである。これでは販売管理システムとの連携もSFAとの連動も、すべて絵に描いた餅である。

 当然、経営者はそれぞれの担当者から事情を聞く。すると、想像もしていなかった不満が噴出してきた。営業の人間は言う。「正確な在庫が記録されていなので、全く役に立たない。仕方がないから直接現場に確認しに行ったり、倉庫のスタッフに問い合せをしている」。一方、在庫管理の担当者の言い分はこうだ。「そもそも、どうして営業部のために在庫データを入力しないといけないのか。他の仕事が忙しいのに、そんな時間を割くわけにはいかない」。

 私に言わせれば、これは両者とも間違っている。営業の担当者にしても在庫管理の担当者にしても、それぞれの都合ばかりを考えていて、「全体最適」という視点が完全に欠如しているからだ。在庫管理担当者は、たとえ業務が増えようともきちんと正確な情報を流し、営業の取ってきた注文に確実に応じられるような体制を整えておくべきだ。営業担当者は営業担当者で、自分で在庫を確認するのではなく、キチンと在庫管理が実施されるよう正攻法で改善を働きかけるべきなのである。

 だが、一番の責を負うべきは経営者だ。繰り返しになるが、「IT化に対する意識改革」を怠っていたからである。部門横断的な協力体制や情報共有のための下地ができていないところに打ち立てたIT化は、砂上の楼閣に過ぎない。IT化によって一部門の作業負担が増すのであれば、人員配置を変更したり人事考課制度を見直したりといった方策も検討されるべきだろう。ITを導入するにあたっては、社員の意識のみならず、しばしば社内の業務体制をも並行して改善する必要がある。

●「ITが企業体質を改善する」と考えてはいけない

 A社がIT導入を決意した目的は、生き残りを賭した業務改善・企業体質の強化だったはずだ。‘体質を変える’のだから、当然それは仕事の進め方や社員の意識・行動、経営判断のスピードをも変えることが前提となる。しかし、「ITを導入する」となると、それだけで自動的に「成果が上がる」「体質が強化される」と勘違いされがちである。その結果、社員の意識や社内体制の改善はおざなりになり、IT導入そのものが目的となり失敗してしまう。

 IT化は「まずは意識・体制の改革ありき」なのだ。この手順を間違えてはいけない。さもなくばIT化は、担当者同士の余計な摩擦を生み出し、システムの効果を台無しにしてしまう。いみじくもA社の経営者は私に語った。「いっそIT化さえしなければ、たとえ業務は効率化されなくとも、少なくとも担当者同士のいさかいや不満は起こらなかったかもしれない」…。以て他山の石とすべき教訓ではないだろうか。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第12回 導入手順を誤ったIT化は軋轢しか生み出さない」として、2001年11月2日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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