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私のプレイリスト betcover!!

betcover!!(ベットカバー!!)

2016年から活動を開始した、柳瀬二郎による音楽ソロプロジェクト。
活動とともにメンバーを増やし、現在は主に5人組バンドの形をとっている。

柳瀬二郎(やなせじろう)

・1999年生まれ(23歳)
・東京都調布市出身

略歴
 親の影響でEarth、Wind&Fire、マイケル・ジャクソンなどのダンスミュージックを日常的に聴く幼少時代を過ごし、小学5年生の時、祖父の家にあった弦の切れたギターを弾いたことをきっかけに、音楽を奏で始める。
 中学一年生の時には、家にあったタブレットを使って曲を作り始めていた。
 2016年の夏頃、バンドに憧れを抱いていたヤナセは、音楽プロジェクト「betcover!!」を立ち上げる。
 高校の先生から「オーディションをたくさん受けてやる気を見せろ」と言われたことをきっかけに、「RO69JACK 2016 for COUNTDOWN JAPAN」へ応募すると、見事優勝。一躍期待のニューホープとして注目され始める。
 気の合う友達がおらず、はじめはサポートメンバーを率いる形での活動を続けていたが、岩片禄郎(いわかたろくろう)がドラムとして加わると、吉田隼人(Ba)、Romantic安田(Ke)、日高理樹(Gt)とメンバーが増えていき、5人体制での活動が主となりはじめる(岩片禄郎は今年の6月にバンドを卒業した)。
 2019年にcutting edgeよりメジャーデビューを果たすが、2021年からはインディーズに戻っている。

 何もかもをひっくり返してしまう期待感に満ちたbetcover!!は、そのカルト的なライブスタイルも注目され、国内外のコアなリスナーを増やし続けている。





中学生

ふるやのそばに浮かぶ赤い窓
いまはまだあの光を信じたい 信じたい
僕の最後の願い聞いてよ

 Apple Musicで『中学生』を聴いたのが、betcover!!にのめり込むきっかけでした。

 自分の囚われていた常識や価値観がバラバラに崩れ落ちていく感覚。さらに言えば、“世界が丸ごとひっくり返ってしまった”かのような未知の衝撃。
 12分強のこの曲にかつてない興奮を覚えた私は、betcover!!の首謀者ヤナセジロウが弱冠20歳(当時)だということを知って震え上がります。
(この青年は何もかもを覆してしまうかもしれない...)そんな恐ろしい期待を抱かせてくれる才能に出会ってしまいました。





COSMO

きれいごと並べて 悲しくなる君の
想いはいつも 本当を知る奴を見る

 16歳から音楽活動を始めたヤナセジロウは、18歳にして処女作『high school !! ep.』をリリースします。
 『COSMO』は、その1st.EPに収録されている一曲です。

 全てに対する不満を抱えた18歳の青年は、大人になりたくない気持ちを音に変えて、『high school !! ep.』を作成しました。
 演奏やPV撮影に協力したのは全て高校生クリエイターであり、大人の力を一つも借りずに完成させたところに、時代に対する反逆心を感じます。
 「未熟だが、あるがままの思いを残しておきたい。」そんな考えから、10曲も収録されたフルアルバムほどのボリュームにもかかわらず、“EP”として発表したのでした。

  本作からは、彼が拠り所としていた1960年代のポップカルチャーとともに、ヤナセの天邪鬼的な思想の強さを表す“現実逃避”の色を随所に感じます。
 18歳というモラトリアムに作られた本作は、決して他人の共感を求めたり誰かを勇気づけようとかいうのではなく、不安や憤りも全て引っくるめた、ありのままの人間を“必死に”表現しているのです。





平和の大使

けど恥ずかしいくらいにもう
僕はただの人間でした

 『平和の大使』には、ヤナセジロウの幼少期から続く逃避心理がよく表れているように思います。
「僕のノートに溶けたインクが世界の気持ちを代弁できたら」「見え透いた嘘をつきます」
 多くの傷とトラウマを抱えたヤナセ青年(少年)のSFに対する憧れが、メロウなレゲエグルーヴにのって、甘美に、大いなる苦悩の跡を追いかけてくるようです。

 betcover!!の音楽は、音源とライブで雰囲気が変わります。ライブでは、いわゆる“分かってる人”向けに歌うため、音源に数倍増してヤナセジロウの人間そのものが濃く現れ、こちら側も真剣に向き合わなければ聴けません。
 言ってしまえば、ライブで披露する音楽こそがヤナセジロウの神髄なのです。

 ドリーミーで心地よいメロディの『平和の大使』も、ライブでは、“内包していた少年時代の苦悩”がくっきりとした輪郭を持って現れます。
 この曲を収録したEP『サンダーボルトチェーンソー』がリリースされた当時、音源を聴いて、betcover!!を「シティポップ」に位置付けてしまったために、ライブに足を運んで「思ってたのと違う...帰りたい...」と顔を引き攣らせた層が一定数いたといいます。
 引き攣った顔を後方に見たヤナセは、その”神髄式“に拍車をかけ、楽しみながらその層の顔をさらに引き攣らせたらしいです。最高(笑)。





ゆめみちゃった

僕が都会で死んだ猫ちゃんだったなら
こんどはひとになりたい 涙を流したい

 柳瀬二郎の作り出す音楽には、屈折した切迫感とドリーミーな歌詞に加え、前時代への憧憬に根差した大いなる遊び心があります。

 『ゆめみちゃった』は、11分という時間の中で(アルバムバージョンは10分弱)いくつもの夢想的な展開を見せ、聞き手を楽しませてくれる、私がbetcover!!の中で最もヘビロテしている一曲です。
 この曲は、アルバム『中学生』にも収録されているのですが、この『中学生』に含まれる作品は全て、現実から非現実へと昇華した世界、文化部の学生にありがちな“形而上学的倒錯”がよく表れているように思えます。

「この体から逃げ出したくもたまにはなるよね」「シーユーまたね夢のような夢をみてた」
 空想と現実の境が溶け合って、空想が限りなく現実的に、反対に目の前の現実が悉く嘘っぽく感じてしまいます。

 ヤナセジロウは“面白いかどうか”を判断基準の根底に据えているそうです。
 自分が面白いと思ったことはなんでもやるし、面白くないと思ったら、それが大衆にウケたとしてもやらない。
 このスタンスにはある種自己満足の要素が含まれているように思えますが、大衆を意識した時点で真に素晴らしい作品は生まれませんから、ヤナセジロウには一生天邪鬼のまま時代を殴り続けてほしいです。





Tokyo

ママ、故郷、東京、ラブレター
ひとがたくさん、頑張れ人間

 柳瀬二郎は、東京都多摩地区調布市の団地で生まれ育ちました。

 東京。数々のアーティストがこの土地を舞台にした作品を生み出してきましたが、柳瀬二郎にとっての東京は多くのそれと少し異なります。
 都会と田舎の狭間。団地、河川敷、野良猫、米軍基地。多摩という土地は彼にとって、日本で唯一ほわっとしていて、宇宙とつながっている場所だと言います。
 柳瀬二郎のSFチックでドリーミーな歌詞の原風景は、自らの出身地であり、宇宙とつながっている多摩にあるのかもしれません。

「ママ、故郷、東京、ラブレター人がたくさん頑張れ人間」

 私は地方から上京した身で、現在偶然にも多摩地区に住んでいるのですが、この土地は私が思い描いていた(そして少なからず怖れていた)“都会の東京”とは違い、地方出身者にとって比較的居心地の良い、田舎マインドが染み付いている場所だと強く感じます。
 具体的に言えば、多摩の人は東京に住みながら都会に憧れ、そして、常に怯えているのです。

“東京でありながら東京ではない“。
 多摩という土地でのみ醸成される特殊な心理遺伝は、柳瀬二郎の作る音楽に間違いなく多大な影響を与えています。





回転・天使

君がささやいた鮮やかな愛は
僕をつんざく幻なのか
もちろんただの幻でしたよ

 betcover!!が2021年8月にリリースしたアルバム『時間』は、世の音楽シーンを震撼させました。

 ヤナセジロウの鬼才っぷりはこれまでの作品にも十分に反映されていましたが、『時間』以降の曲は、一切の迷いを感じさせず、生の柳瀬二郎がついに姿を見せたように思います。
 音楽について真剣に語り合える仲間を得て、ようやく世界に自分の居場所を見つけたというか、やりたいことがはっきりしたというか。
 とにかく、大人になってしまった柳瀬二郎の作る音楽は、我々の想像を遥かに超えて世界にかつてない衝撃を与えたのです。

「君が囁いたあでやかな愛は東に刺さる太陽か、お酒のにおい」「日向ぼっこの約束はその場所で加速した」

 正直に言って、betcover!!の詩はよく分かりません。意味がないと言ってしまっても過言ではないとすら思います。
 それでも、柳瀬二郎から放たれる言葉の一つ一つは、生半可な気持ちでは絶対に逃れられない異質の質量を持っており、betcover!!の音楽と対面した者は誰であれ、自らの“内なる宇宙”に眼を向けざるを得ない状況に追い込まれてしまうのです。

 私は『回転・天使』を初めて聞いた時、無性に悲しい気持ちになって、アウトロのギターで泣いてしまいました。
 この曲を聴いて感じるものは千差万別なのでしょうが、おそらく曲の雰囲気やフレーズの並びが私の中の何かに強く作用して、無意識に涙を流させたのでしょう。奥にある感覚を呼び覚ますというか、とにかくbetcover!!の音楽は、そういう音楽なんです。

 柳瀬二郎の創作は、自らを相当削るタイプの作業に類されるのだと思います。
 澱みなくフレーズが出てくる天才の類ではなく、気が狂うほど必死になって言葉を追い求めるからこそ、村上龍の小説のように、生と死とエロスがどろどろに混ざり合った、圧倒的な力を持つ歌詞が生まれるのではないでしょうか。





背中をおしてください 体があれば
あなたがいればつづくかもしれない

 昨年末にリリースされたアルバム『卵』は、まるで一本の壮大なディストピア映画を見ているような傑作です(あくまで個人的な感想ですが)。

 ダークで破壊的、かつ耽美な雰囲気を持つ10の曲は、海外においても非常に高い評価を得ました。実際、ライブに行ってみると外国人のお客さんが増えたような気がします。

 betcover!!の人気は一種カルト的であり、ライブには独特の、異様な熱気があります。
「背中をおしてください体があればあなたがあなたがつづくかもしれない」
 特に、アルバムのタイトル曲にもなっている『卵』は衝撃的でした。私が足を運んだライブで、柳瀬二郎は曲中に関わらずギターをギタギタに()破壊してしまったのです。
 ただしその行為は、パフォーマンスや一時の気の昂りといった類ではなく、“ギターを破壊しなければならない”というギリギリの切迫感に追われた当然の結果のように見え、私を含めた会場のお客さんは、愕然としながらも妙な納得感に落ち着いていたのでした...。

 とにかく、betcover!!のライブは全てをひっくり返してくれます。

 ライブの映像はYouTubeにいくつも上がっていますし、今年の3月にリリースされたアルバム『画鋲』では、17曲ものライブ音源を聴くことができます。
 6月にドラムの岩片禄郎が卒業し、しばらくは東京でのライブがないと言っていたので、まだbetcover!!のライブを知らない方は、『画鋲』やYouTubeで予習してみてはどうでしょうか。(柳瀬二郎はサブスクやYouTubeで音楽を聴くのを嫌うらしいですが)









 時代に反抗しながら、音楽をもって世界の深みを探求し続けるbetcover!!。
 彼らの破壊的な活動を、私も死物狂いで追いかけ続けようと思います。

 ある種の人間には深みというものが決定的に欠如しているのです。何も自分に深みがあると言っているわけじゃありません。僕が言いたいのは、その深みというものの存在を理解する能力があるかないかということです。でも彼らにはそれさえもないのです。それは空しい平板な人生です。どれだけ他人の目を引こうと、表面で勝ち誇ろうと、そこには何もありません。

村上春樹『沈黙』





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