川崎洋「音」を読む
聞えてくる
真白い麦畑で麦を踏んでる足音
その足あとのついた地面の下で
モグラは一瞬胸苦しい夢をみる
雑草の根がほんの少し身体をゆする音
地下水がほんの少し勢いを増す音
大雪
小雪
白雪
吹雪
初雪
夜雪
深雪
細雪
こな雪
つぶ雪
わた雪
みず雪
かた雪
ざらめ雪
こおり雪
がたん、すうー
「だあれ戸棚あけてるの?
おひなさま?
おひなさまはまだですよ」
この「音」という詩について、第一連から順番に見ていこう。
第一連の、「聞えてくる/真白い麦畑で麦を踏んでる足音/その足あとのついた地面の下で/モグラは一瞬胸苦しい夢をみる」という箇所は、この詩の中で起きていることを説明している。つまり、この詩の主人公は、地面の下にいるモグラなのである。そのモグラは、「真白い麦畑」の下で、人間の「麦を踏んでる足音」を聴いていたが、しかし、「胸苦しい夢をみる」瞬間もあると言う。
第二連以下は、第一連で語り手が述べた内容が、具体化されている。つまり、モグラが耳にする心地良い音の数々と、「胸苦しい夢」の原因となる音とが、並べられ、説明されているのだ。
まず、“心地良い音”について見ていこう。これはまず、「雑草の根がほんの少し身体をゆする音/地下水がほんの少し勢いを増す音」として示される。さらには、「大雪/小雪/白雪/吹雪/初雪/夜雪/深雪/細雪/こな雪/つぶ雪/わた雪/みず雪/かた雪/ざらめ雪/こおり雪」と記されているが、これは、モグラが、どんな雪が降ったのか、人間が地面の上で雪を踏み固める足音によって識別できる、という事実を表している。
しかし、そんなモグラの繊細な耳に、聞き苦しい音と声が、突然響き渡る。それは、「がたん、すうー/『だあれ戸棚あけてるの?/おひなさま?/おひなさまはまだですよ』」というものである。
この、「がたん、すうー」という音は、物置か何かの戸を開ける音であり、その戸を開けた人物が、既に物置の中にいる人物に向かって、「だあれ戸棚あけてるの?/おひなさま?/おひなさまはまだですよ」、と叫んでいる、という状況だろう。
つまり、雛祭りが待ちきれずにお雛様を出そうとする子供が、母親に叱られている図なのである。この戸の音と、母親の声が、モグラの見る「胸苦しい夢」の原因だったのだ。各家庭で恒例のように発せられる母子の声を、モグラの聴覚が捉え、その騒々しさに、モグラは夢の中でうなされている、ということだろう。
つまり、この作品では、どこの家でも、毎年、お雛様に触ろうとする子供が叱られる、という図が展開していることを、モグラの聴く音を並べ上げるという手法を通して、冗談めかして表現しているのである。この作品は、だから、家庭でのよくある光景を切り取った、ユーモラスな詩なのだ。しかし、同時に、春が待ち遠しく感じられる冬の情景を効果的に表した作品であるとも捉えられる。
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