工藤直子「ねがいごと」を読む

「ねがいごと」 たんぽぽ はるか   

あいたくて
あいたくて
あいたくて
あいたくて
 …
きょうも
わたげを
とばします

 この詩は、たんぽぽを擬人化することによって、「たんぽぽ はるか」という名の人物を生みだし、そしてその人物の「ねがいごと」を綴る、という形式の作品である。しかし、「たんぽぽ はるか」はあくまでたんぽぽなので、その「ねがいごと」の内容は、以下のようなものになっている。

 あいたくて
 あいたくて
 あいたくて
 あいたくて
  …
 きょうも
 わたげを
 とばします

 つまり、これは、たんぽぽが遠くまで綿毛を飛ばすのはなぜか、それを、たんぽぽの「心情」という面に注目して説明する作品なのである。その「心情」とは、何かに「あいたくて」、それに向かって綿毛を飛ばしている、というものである。この「何か」とは、たんぽぽ自身もおそらくは分からなくて、未来に対する強い憧れだけがあるのだろう。
 さて、ここで一つ、問題提起をしたい。「たんぽぽ はるか」の「はるか」は、女性の名前であるが、漢字を当てるとどういう字になるか、という問題である。
 それに対する解答として考えられる字は二パターンある。
 一つ目は、「はるか」の「はる」に「春」の字を当てるという解答。この場合、「はるか」の「か」は何でも良いが、例えば「香」などが考え得る。たんぽぽは春に咲くので、この「春香」の字を当てたい、と考える人は少なからずいるのではないだろうか。
 二つ目は、「はるか」を「遥」とする、という解答。たんぽぽは、遥か遠くまで綿毛を飛ばすので、「遥」の字が相応しい、と考える人もいるだろう。
 この問題は、一見、瑣末なものに感じられるかもしれない。しかし、実は、「はるか」をどのような意味に解釈するかという、作品の根幹に関わる重要な問題なのである。
 私の立場を述べておくと、私は、「遥」が相応しいと考える。なぜなら、「遥」であれば、たんぽぽの綿毛を遠くに飛ばすという性質に注目した、作品の内容と響き合うからだ。ここで重要なのは、「遥」の字を持つ「たんぽぽ はるか」は、綿毛を飛ばすたんぽぽの一面を見事に切り取り、新しい「たんぽぽ」像を我々にもたらしてくれる名前であるということだ。この詩の中で、作者は、「たんぽぽ」という花を、何かに「あいたくて」綿毛を飛ばす花、として、新たに定義し直している。「たんぽぽ はるか」は、たんぽぽの新しい像なのであり、それを強調する効果を持つのは、やはり、「遥か」の意味であろう。
 それに対して、「春香」の字では、ただたんぽぽが春に咲く花であることを表しているのみにすぎない。それでは、作品全体で表現したいことが、読者にまるで伝わらないため、言葉の経済効率が悪くなってしまう。
 以上より、「はるか」は「遥か彼方に綿毛を飛ばす」という意味で、「遥」の字が相応しいと考えられる。そして、この詩は、たんぽぽを新たに定義し直す、革新的な作品であると言える。

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