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人間の私が表現する理由

表現が身につくのは周りが理解してくれなかったから。

養老孟司さんがこのようなことを言っていました。なるほどなー確かにと思いました。

そうすると、社会人になって、表現をそこまでしてこなかった私は、もう充分に理解されていると思っているからでしょうか?もしくは、どうせ理解されないと諦めているからでしょうか?

高校までは、表現者だったと思います。文学部で表現していました。勉強そっちのけで、言葉による表現を追求していました。

しかし、いざ受験生となると、表現することは時間の浪費になりました。理解されることよりも、正解を言い当てる方が優先度が上がったのです。

受験勉強の課題はどれも正解があって、自分の考えを表現するとは違うもののように思われました。

社会にとって、自分であることを表現することは全く重要ではなかったし、望まれていなかったのです。

勝手になんの対策もなく美大を受けました。補欠合格だったのですが、合格者のキャンセルはなく、結果としては入学には至りませんでした。

どこかで、表現者として生きていく道を求めていたのだと思います。

高校の頃までは表現することの心地よさを覚えていたと思います。自分の考えた世界を表現するのは、たまらなく心地よかった。自分は他と違う何かを感じられた。特別なものが自分の中にありました。それが誇りだったりする。自分は私にとって、とても興味深い人間でした。

やがて、お金にならないことは、しょうもないことだから、やらなくなって、私はつまらない人間になってしまいました。

今私の人生はつまらないままです。自分の考えを出していくことが私にとって面白い人間、面白い人生にする一歩なのかなと思います。

誰かに理解されたいが為に持つ表現力ではなく、私が私でいるために、自分のためにする表現が私には必要なんだと思います。誰が見ていようと、見ていまいと、放出することを何より私自身が求めているんだと思う。

誰かのためじゃなく、自分のために。

私が好きなアーティストさんに、奥田美和子(奥田美和)という方の「はばたいて鳥は消える」という曲があります。その歌詞で印象的なのが、このフレーズ。

ぼくは歌う ぼくがぼくであるために
ぼくは歌う ぼくがきみに紛れないために

この歌詞を書いているのは、柳美里さん。奥田美和子さんと活動するにあたり、このように言っています。

私は書くしかないし、奥田美和子は唄うしかない

なんとなく、私の心に残っているということは、私にとって共感があったのだと思います。私も何かしらの表現者であることを捨てては、生きていけないのだと。

私は、歌うことも、書くことも、描くこともしてきた。プロでないにしても、楽しんでやってきたというより、使命感というか、何か違う意識に突き動かされていたようにも思います。

そこそこやるのでは、楽しくなかった。満たされなかった。やるなら、柳美里さんや奥田美和子さんのように、とことんやるのが楽しかったのだと思う。

これから私は、とことん表現して、自分を楽しませないとね。

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