《番外編》S君の話

小さい頃、通っていたスポーツ教室にS君という人がいた。
S君は同い年なのに技術がずば抜けていて、私よりもずっと上のレベルで上級生に混じって練習しているような子だった。

時が経ち、S君と同じ地元の中学に行った。
クラスは一緒になったことがなかったけど、同じ委員会に入っていたこともあって、たまに話はしていた。

S君は、所謂「陽キャ」だった。私にないものを持っていたし、友達も多かったし、スポーツの能力も相変わらずずば抜けていた。
そして、何より人の前に立ち、人を巻き込むのがとても上手だった。

私は、S君が少し苦手だった。
いい意味で人たらしなところが、人と壁を作りがちだった私にはちょっと重荷だった。
たぶん、無いものねだりをしていたのもあると思う。


中学を卒業後、S君と再会したのは大学に進学してからのこと。地元から離れていたのに、S君も同じ大学に進学していたのである。

ある日、私は授業のために教室に行った。教室の後方で何人かのグループが話をしているのを尻目に席に着こうとすると、グループの一人が私を見て、声をかけてきた。

「あれ?こんにゃくさん?」

S君だった。中学の時と、あまり変わっていなかった。
友達の輪の中心で談笑していたS君。すごくびっくりした。

だけど、前と違ったのは、私が、S君と割と楽しく話せたこと。大学で地元を話題にできる人に初めて出会えたからかもしれない。

それから、大学内でS君には何回か会って話をした。学科を変えて、別の分野の勉強をしたいとS君は言っていた。そして相変わらずスポーツもやっていた。
大学でなんとなく将来に向けた勉強をしていた私には、自分のやりたいことが明確に分かっているS君が、とても輝いて見えた。


成人式に出席することになり、私は地元に帰った。S君はS君、私は私で中学の友人と一緒にいたが、式の席が近かったこともあって、お互いのグループが少し話す機会があった。
その時、S君は、「俺、こんにゃくさんと大学一緒なんだよ!」と話していた。「こんにゃくさん、ちゃんとお互い大学卒業しようね!」なんて話もした。

その後、なぜか大学でS君を見かけることはなくなってしまったが、私は大学を卒業した。S君は学科を変えたこともあって卒業は延びていたかもしれないが、どうやら卒業はしたらしい。


大学を卒業してしばらく経った頃、S君の消息を知った。

S君は、亡くなった。

まだ20代。信じられなかった。
どうやら急死だったらしい。たぶん本人も死ぬなんて思ってなかっただろう。

ショックだった。
あれだけスポーツをやってて、私より体力もあって私より健康だったはずなのに、S君は突然この世から去ってしまった。
成人式の「ちゃんとお互い大学卒業しようね!」が最後の会話になってしまった。

S君の話は、いろんな人に伝わっていた。
あるS君の知人と話す機会があったが、「Sさん、亡くなったんですよね…」と落胆していた。


そういえば、S君の訃報を知る前、不思議なことがあった。
夜中、家のチャイムが突然鳴った。外に出たら風が吹くだけで誰もいなかった。
その日、S君が亡くなったのだった。S君の知人にそのことを話したら、「それ、こんにゃくさんに挨拶に来たんじゃないですか?」と言われた。

結局、チャイムの誤作動だと考えることにしたが、もしかしたら本当にS君なりの挨拶だったのかもしれない。友達の多かったS君だから、さぞかしいろんな家のチャイムを鳴らしたのだろう。


しばらくして、S君のSNSアカウントを偶々(たまたま)見つけた。

「30歳になったらこれをやりたい」
「30歳超えたらあそこに行ってみたい」
「30歳になったら…」

読んでいて、辛い気持ちになった。S君には、やりたいことがたくさんあった。だけど、それを実現できたかという質問の答えは、あまりに早く、残酷な形で導き出されてしまった。
「30歳になったら」ではなく、今だってやりたいことはあっただろう。

私にも、やりたいことはいっぱいある。
でも、考えたくないけど、私もいつこの世と別れることになるか分からない。
一つひとつ、悔いが残らないように、(法に抵触しない範囲で)やりたいことをやっていきたいと思う。


S君が亡くなって、もうすぐ10年になる。
そんなことを思い出したので書いてみた。
S君、私はまだこっちの世界でがんばるね。

(2024/06/07)

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