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闇夜の列車(短編)

嫉妬、醜さ、汚れ、疲れ

そんなくだらないもので汚れた私

そんなくだらないもので私を汚したアナタ、環境

そのどれをも憎むことも恨むこともできず、ただ今日も呆然と過ごしている。

呆然と空を見ている。

呆然と、公園のベンチに体を委ねている。

たったそれだけの私って何なのだろうか。

私はどうなってしまうのだろうか。

結局、自分の心配しか頭にない私を、ため息の代わりに鼻で哂ってみた。

そんな私を、空が、この澄み切った青が、限りのない空が嘲笑った気がしてハッと息を止めた。



缶コーヒーを、植木鉢の角に置き忘れていることに気付かない振りをして、昼休みの終わりを告げるうざったらしいチャイムに急かされながら公園を後にする。

「んん」

短い昼休みに疲れも癒えず、さあもう一踏ん張り、なんて到底思えない。

せいぜい、眠気ナマコをこするくらいだ。

アナタはどうしているだろうか。

そんなことを軽く考えながら、公園の横にある線路の下の小さなトンネル、「朝道トンネル」を通ると騒音が響いた。

電車の音だ。

だが何かおかしい。

二つ重なって聞こえる。

この公園を挟むように並ぶ「夜光トンネル」と「朝道トンネル」。

それぞれ別の線であるが、この場所でだけルートが重なり合う。

そのことで電車マニアに一時期人気を博し、この公園も大分賑わっていた。

それを思い出して、向こうの線路にも電車が来ているのか、と合点がいって「夜光トンネル」の方へ振り返ってみた。


白い車両に黒いラインと窓の淵。


その、夕日を反射する凛とした気高さに一瞬目を奪われる。

無意識に後ずさりしてしまう。

そうすると、「朝道トンネル」の上も見えるようになった。


紺色の車両に白いラインと窓の淵。


「夜光トンネル」を走る「夜香電車」とは対照的に「朝道トンネル」を走る「朝未知電車」は愛らしい雰囲気を纏い私の目の前を静かに通り過ぎて行った。

その姿が見えなくなって、急ぎ足で公園に背を向けた。





今日も自分の人生に抱くのは不安ばかりだった。

お金がないと生きてはいけないものの、辛いものは辛い。

かといって疲労困憊で自分の時間など持つ暇もなく、布団に顔をうずめれば眠りに落ちて、一日の終わりを迎える。

それを思うと、一瞬で流れていく時間を、全て無駄にしていくような、そんな恐怖に襲われて、帰路につく足が止まった。

子どもの頃抱いていた譲れないものもいつしかボロボロになって、自信なんてとても持てなくて、先をいくアナタに私の人生の無意味さを突きつけられていくようだ。

分かっている。

朝道トンネルをくぐりながら考えた。

そう、本当は分かっている。

アナタのせいじゃないことも、アナタも本当は苦しんでいるであろうことも。

分かっているのにひねくれる私はなんと愚かか。

それも分かっている。

分かっていても、認めたくない。

正当化したいわけじゃないけれど、誰かに汚れてしまった私も認めてほしい。

誰って、何より、自分自身が受け入れてしまえば楽なことも分かっているけれど。

結局はすべて自分次第で、その重みに耐えかねる。

「はあ」

ため息をつきながら公園の中央に立てば、夜の、独特な匂いがした。

せめて、無駄じゃないと思えれば、どんな不安も受け止められるほど強く信じられる自分がいれば。

ゴオオ

昼に聞いたのと同じ騒音が二つの線路の遠くに聞こえた。

きっと終電だ。

私も帰らなきゃ。

そう思うけれど、ベンチに座った体は、地にへばりついてうごけやしない。

捨てた缶コーヒーが植木鉢の淵で、静かにたたずんでいた。

ゴオオ

今度は耳元で聞こえた。

フッと顔を上げる。

次の瞬間、その絶景に目を奪われた。


夜に溶け込む黒いラインを光らせて、白い車両を闇夜に浮き上がらせた、特別感を漂わせながらも親しみを覚えさせる「夜香電車」。

闇夜と同化した紺の車両に、白いラインを綺麗に映し出す、凛とした雰囲気に昼の愛らしさの名残を残す「朝未知電車」。

二つの電車が、月の影に消えていく。

夜とともに、ゆっくりと、静かに。

放つ風は木々を優しく揺らして、天に昇っていく。

迷いのない、車輪の動き。

二本の線路は、闇夜に沈んで、見えなくとも確かに、そこにあるらしい。



髪が風に揺れて、涙が頬を伝う。

その水の粒が優しい山吹色に光りだす。

日の出が始まっていた。

朝日は日光の熱を、地に降り注いでいく。

雲一つない、夜と朝の狭間。

この景色に涙できるなら、私はきっとまだ大丈夫だ。

そう思った。

たった数秒の景色を目に映しただけで、そう思えた。

不安でも、安心できても、苦しくても、幸せでも、きっと大丈夫だ。

公園を出て、少しだけ、線路沿いに歩いてみた。

私の足はあの電車のように早くなかった。

それでも、あの電車と同じように、道を踏みしめていた。

私の未来はきっと線路のようにうまくは出来ていない。

それでも、先へ進める足がここにあった。

何故か、高望み過ぎる私がそれだけで十分だと思えた。

そして、この感情のことを「幸せ」というのだと一人呟いては笑った。

暖かい空の下、大きく笑ってみた。






お久しぶりです。

こんです。

楽しんで読んでいただければ幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました(^^)/感謝



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