この度親父が死にまして。
僕は親父の事が嫌いでした。
だから親父が僕に望む事とは真逆の事をずっとしてきて、よく衝突していました。
頑固な性格で、思った事をなんでもすぐ言ってしまう人で、子供の頃はあまり近づきたくない人でした。
宗教活動に熱心な人で、それを僕にも強要してきました。それが僕自身の為だと。
小さな頃はそれが当たり前だったので、そんなものだと思っていましたが、社会を知るにつれ、それが嫌で嫌でたまらなくなりました。
多額の寄付もしていたし、仕事もまともにしていなかったので、僕の家はとても貧しかった。
友達は多くのものを持ち、僕は何も持っていない。
僕は自分の境遇、運命を呪い、親父を憎みました。
実家を出てからは、ほとんど帰ることもありませんでした。
ちょっと変な話なんですが、ある時ふと、自分が親父を選んで産まれてきたという思いに至りました。たしか電車に乗っている時で、窓の外をぼ〜っと眺めているときに、まるで降ってきたみたいに、その考えが体に染み込んできて、確信に近いものを感じていました。
憎しみはきれいになくなりました。
その後からは関係が少し改善したのですが、積極的に会うことはありませんでした。
僕が年齢を重ねるにつれて、親父は白髪が増え、声はしわがれて、みるみる小さくなっていきました。
僕はそれを見るのがなんか怖かった。
「親父が倒れた」という電話は、ここ4〜5年の間に何度もかかってきたけど、その度に少し体が不便になった状態で回復してきました。
「いよいよダメかも知れない」
兄貴から電話をもらった2日後に親父は逝きました。
実家に帰ったら、ガリガリに痩せて蝋人形のようになった親父が寝ていました。
現実感がなくて、一滴の涙も出ませんでした。
コロナ禍のせいで寂しい通夜と葬式でした。そこでも一滴の涙も出ませんでした。
親父の友人の弔辞を聞いて、僕は自分の知らない親父の姿をそこに見ました。
母の話を聞いて、僕は自分の知らない親父の姿をそこに見ました。
葬式の次の日に家族で鍋を囲んで親父の話をしました。
そこでも僕は自分の知らない親父の姿を見ました。
そこで涙が止まらなくなりました。
自分の知らない親父をたくさん知って、僕は親父にそっくりなんだと初めて知りました。
もっと話しときゃよかった。
それにしても不思議だ。
親父はいつも怖かったし、家は貧乏だし、ブサイクに産まれて、間違っても恵まれた環境で育ったとは言えないのに、もし、生まれ変わりがあるなら、僕はまた親父の子として産まれたいと思っている。
いや、それは言い過ぎか。でもまあ、産まれてもいいかなと思っている。
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