戦略の大家、マイケル・ポーター教授に学ぶ経営戦略の立て方(3)
日本を含めた世界は、経済のグローバル化の進展の中で、国よりも、県や市などのより小さな地域の特性が、従来以上に大きな影響力を持ちつつあります。地域におけるビジネス環境と、集積する関連産業のクラスターが、生産性やイノベーション、そして競争優位に重要な役割を与えています。本編の(1)や(2)で言及された企業の戦略やオペレーション効率は、クラスターと言う外枠にも大きく規定されますが、クラスターの持つ意義や国の競争力へ与えるメカニズムなどに付いて、(3)ではマイケル・ポーター教授の考え方を著します。
第1章 国の競争優位
国の経済成長性は、古典派経済学が主張する様に、天然資源や労働力、金利、通貨価値のみによって決まる訳ではなく、イノベーションを起こし、グレードアップして行く能力によって大きく影響されます。競争優位は、圧力と課題に立ち向かう事で得られ、国内の強力な競合他社、ホームベース(本拠地)の積極的な供給業者、要求水準の高い地元の顧客と言った存在は、競争力向上の点で大きなメリットになります。競争の基盤が、知識の創出・蓄積へとシフトして行く中で、国の役割は益々増大し、国としての価値観、文化、経済構造、制度、歴史の違いも全て競争で成功する為の重要な要素です。全ての、あるいはほとんどの産業で高い競争力を実現・維持する事は、どの国にとっても可能な事ではなく、最終的にある国が特定の産業で成功できるのは、その国の環境が最も進歩的でダイナミックであり、魅力的だからです。
■企業が国際市場で成功するには
成功している企業は、新しい技術や手法なども含めた広義のイノベーションを通じて、競争優位を実現します。イノベーションや改善のプロセスでは、情報が大きな役割を果たし、多くは努力とその企業の開放性、そして視野を狭くする前提や常識に囚われず、適切な場所を探す事によって得られる事が多くあります。イノベーションを通じて獲得した競争優位を維持するには、絶え間なく改善を進めるしかありません。競争優位は、ほぼどんなものでも模倣可能で、改善やイノベーションを止めてしまったら、最終的には必ず競合他社に追い越されます。競争優位を維持する唯一の道は、その優位をグレードアップする事、高度なタイプの優位に移行する事です。競争優位を維持する為の必要条件として、第一にグローバルなアプローチをとらなければなりません。自社製品を全世界に販売し、製造施設や研究開発施設を他国に移転させ、賃金の安さや市場アクセスの便利さを生かさければなりません。第二により維持可能性の高い競争優位を創り出す事は、自社の競争優位を自らの手によって陳腐化させ、さもなければ、いずれは競合他社によって陳腐化されてしまいます。
■国の競争優位を示すダイヤモンド
国の属性は大きく4つに区分され、それぞれ個別に一つのシステムとして、その国の競争優位を示すダイヤモンドを構成します。4つの属性は次の通りです。
1.要素条件 熟練労働者やインフラストラクチャーなど、任意の産業で競争するのに必要な生産要素に関するポジション。
最も重要な生産要素は、熟練した人材や科学的な基盤であり、持続的で大規模な投資を含み、専門性の高いものです。高卒や大卒程度の教育水準の労働力が十分にあっても、現代の国際競争においては何の競争優位にもならず、産業固有のニーズに沿って高度に専門化された要素でなければならなりません。競争優位を生み出すのは、専門性の高い要素を最初に創り出し、それを継続的に更新して行く世界クラスの研究機関の存在です。
2.需要条件 その産業の製品やサービスに対する国内市場の需要の性質。
国内市場の構成や性質は、企業がどれだけ顧客のニーズを認識し、対応して行けるかと言う点で、通常極めて大きな影響力を持っています。ある国が特定の産業で競争優位を得られるのは、その国の企業が国内需要をもとに新しい顧客ニーズを早めに、しかも正確に察知できる場合、また要求水準の高い顧客からの圧力によって企業イノベーションが促進され、より高度な競争優位を実現できる場合です。国内需要に付いては、その規模よりも性質の方がはるかに重要です。地元の需要条件が競争優位の構築に役立つのは、特定の産業セグメントの規模が他国の市場に比べて大きかったり、目立っていたりする場合です。市場セグメントが大きければ、国内企業の関心も集まります。洗練され、要求水準の高い買い手は、先進的な顧客ニーズに付いての情報を与えてくれます。企業には高い水準を求める圧力がかかり、改善とイノベーションが促進され、もっと高度なセグメントへの移行が刺激されます。要素条件の場合と同様、需要条件も、企業をより困難な課題に取り組ませる事によって、競争優位をもたらします。日本市場の厳しい制約条件のもと、様々な産業分野で日本企業はイノベーションを繰り返して、いわゆる軽薄短小な製品を生み出し、それが国際的にも受け入れられて行きました。ある国の企業は、その国の価値観が他国に広まって行く場合、つまりその国が製品だけでなく価値観や嗜好を輸出する場合には、グローバルなトレンドを先取りできる事になります。
3.関連産業・支援産業 国際的な競争力を持つ供給産業とその他の関連産業が国内に存在するか否か。
第三の大きな要因は、国際的な競争力を持つ関連産業・支援産業の存在です。最もメリットが大きいのは、供給業者自身がグローバルな競争に参加している場合です。情報の流れや技術的な交流を通じて、イノベーションとグレードアップのペースが加速されます。
4.企業戦略・構造・競合関係 企業の設立・組織・経営や、国内での競合関係の性質を左右する国内の条件。
国内の環境や背景によって、企業の設立・組織・経営のあり方や、国内での競合関係の性質に強い傾向が生じて来ます。個々の産業における競争優位は、その国で有利な経営手法・組織形態と、その産業に存在する競争優位の源泉とが合わさった結果生じるものです。労働そのものやスキル向上に対する個人のモチベーションも、競争優位の点では大切です。どんな国でも、傑出した才能は得難い資源です。ある国の成功は、優秀な人材がどの様なタイプの教育を選ぶか、彼らがどの様な仕事を選び、どれだけの熱意と努力をその仕事に注ぐかによって大きく左右されます。またある産業が社会的にどう評価されているかによって、資本や人材の流れが決定される。国民が高く評価し、頼りにしている様な活動では、競争力が向上しやすく、その国のヒーローは、そうした活動から生まれてきます。競争優位の創出と維持の点で強力な刺激となる最後の要因が、地元に強力な競合相手が存在する事です。 国内での競合関係は、あらゆる競合関係の場合と同じく、企業にイノベーションや改善を迫る圧力を生み出します。地元での対立は純粋な経済的あるいはビジネス上の競争ではなく、非常に人間味の強いものになる場合が多くあります。市場シェアだけでなく、人材や技術面での優秀さを競い、「自慢する権利」をめぐって競り合います。もう一つの利点は、競争優位の源泉を絶えずグレードアップして行こうと言う圧力が働く点です。国内での競争が激しいと、最終的には国内企業もグローバル市場に目を向けるようになり、そこで成功する為の体力も強化されます。特に規模の経済がモノを言う産業の場合は、地元での競合関係が引き金となって、外国市場への進出を図り、より高い効率と収益性を得ようと言う動きが生じます。
■システムとしてのダイヤモンド
4つの属性が、それぞれの国の競争優位を育むダイヤモンドの頂点を形成し、ある要因が弱ければ、その産業が発展やグレードアップを進める可能性は制約されてしまいます。けれども、ダイヤモンドのそれぞれの頂点は互いを制約するだけでなく、互いに強化し合います。特に、地理的な集中は4つの要素の影響を高め、それぞれの相互作用を強化し、国内に激しい競合関係があれば、他に類を見ないほど専門性の高い生産要素が育ち、一つの都市や地域に集中している場合は、特にその傾向が強まります。ダイヤモンドは、競争力のある産業の集積を促すような環境を作り上げ、競争力のある産業は、通常は垂直的な関係(買い手と売り手)や水平的な関係(顧客、技術、流通チャネルの共通性)によって互いに連携し、ある産業に競争力があれば、他にも競争力のある産業を生み出すのに役立ち、相互に強化し合うプロセスが生じます。多くの企業と接触する供給業者や顧客が仲介役となって、情報が自由に流れ、イノベーションも急速に普及し、新しい競争手法やチャンスが発見されます。クラスターがあれば多様性が維持され、競争優位のグレードアップや新規参入を遅らせたり、阻んだりする閉鎖性や惰性、柔軟性の欠如や競合企業間の馴れ合いも克服しやすくなります。
・政府の役割
政府の立場として正しいのは、触媒であり挑戦者です。企業が大きな野望を抱き、より高いレベルの競争力を目指すのを奨励し、推進するのが政府の役割で、本質的に脇役、直接的と言うよりも間接的なものです。ある産業が競争優位を実現するには10年以上の歳月を必要とする場合も多く、長い時間を掛けて労働者のスキルを向上させ、製品やプロセスに投資し、クラスターを構築し、外国市場に浸透すると言った過程が必要です。だが、政治的な立場からすれば10年は永遠とさえ思える長さで、結果として各国の政府は、補助金や産業保護、企業合併の仲介と言った短期的で、わかりやすいメリットをもたらす政策を優先してしまいます。本当に効果を上げる政策は、政治家から見ればあまりに緩慢で多大な忍耐を必要とします。国の競争力を向上する為の正しい役割を演じるには、政府は「変革の支援」、「国内での競合関係の促進」、「イノベーションの刺激」の3つの単純かつ基本的な原則を守らなければならなりません。競争優位につながる要素とは、先進的かつ専門的で、具体的な産業あるいは産業グループに結び付いています。政府が厳しい規制を施行すれば、国内需要の刺激と交信を通じて、競争優位の促進に繋がる可能性があります。製品の性能や安全性や環境に対する影響についての基準が厳しければ、企業は品質改善や技術の更新を迫られ、消費者や社会のニーズに応じた仕様を提供せざるを得なくなります。政府は、労働者のスキルやイノベーション、有形資産に対する継続的な投資を奨励する事を目指すべきです。最も強力な手段を一つだけ挙げるとすれば、恐らくそれは企業株式への新規投資に限り、長期(5年以上)保有によるキャピタル・ゲインに対し税制上の優遇措置を与える事でしょう。また国内での活発な競合関係が存在しなければ、規制緩和や民営化だけでは成功しないでしょう。当然の帰結として、強力で一貫性のある反トラスト政策が必要になって来ます。厳しい反トラスト政策、特に水平的な合併や提携や共謀行為に対する規制は、イノベーションの為には不可欠です。管理貿易は、国内産業のイノベーションを妨げるばかりか、非効率な企業の為に市場を確保してしまい、貿易政策は、あらゆる外国の市場に対する開かれた参入を追求すべきです。
■企業側の課題
最終的に競争優位を実現し維持して行く事ができるのは、企業自身だけです。特に企業が認識しなければならないのは、イノベーションが果たす重要な役割であり、イノベーションが生まれてくる圧力と課題が必要だと言う厳しい現実です。企業は、圧力や課題を避けるのではなく、積極的に求めるべきです。 最も要求水準の高い、厄介なニーズを持つ顧客を探し、最も厳しい規制のハードルや製品企画をクリアする基準を設定し、最も先進的な供給業者から調達し、従業員を終身雇用扱いにし、スキルや生産性の向上を刺激するなどです。組織改革に向けたモチベーションを得るには、強力で尊敬すべき競合他社を共通の敵とすると良いでしょう。
・国としてのダイヤモンドを改善する
自国の環境を国際的な成功に向けた足場として改善して行くうえでも、企業は重要な役割を担っています。企業が果たすべき責任の一つは、クラスターの形成に積極的に関わり、国内の顧客、供給業者、流通チャネルと協力して、彼らが自らの競争優位をグレードアップや拡大するのを手伝ってやる事です。国内のクラスターが健全で強力なら、企業のイノベーションやグレードアップのスピードも上がります。成功を収めている競争力ある産業では、ほぼ必ずと言っていい程、中心的な企業が人材や科学知識、インフラストラクチャーなどの専門要素を生み出すべく、明確な行動を取っています。 グローバルに競争して行く為には、国内に有力な競合企業が存在し、厳しい競合関係が成立している必要があります。国内の能力を補うために国外での活動に依存するのは、常に次善の策でしかなく、国内に競争力を支える重要な柱がなければ、長期的には競争優位を維持できません。狙いはホームべース(本拠地)での能力のグレードアップに置くべきで、外国での活動は、全体的な競争優位にとって選択的かつ補完的な役割に留めるべきです。グローバル化に対する正しいアプローチは、他国のダイヤモンドに存在する競争優位の源泉を、選択的に利用する事です。例えば他国市場でレベルの高い顧客を掴めれば、自国とは異なる需要を確認するのに役立ち、より迅速なイノベーションを刺激する圧力が生まれます。競争優位は絶え間ない改善から得られるのであって、今日時点での秘密を守る事から生まれるのではないと認識するべきです。競争優位はホームベース(本拠地)で生み出され、ここで戦略が設定され、中核となる製品やプロセス技術が生み出され、製造の主力もこの場所になります。ホームベースとなる国には、イノベーションを支える環境が必要であり、さもなければ、イノベーションを刺激し、グローバルな競争力を培う上で最高の環境を提供してくれる様な国に移す以外の選択肢はありません。
■国の競争力とは何か
国レベルでの競争力と言う場合、唯一意味のある概念は生産性です。生産性の成長を維持して行くには、経済が絶えず、自らをグレードアップして行く必要があり、最終的に全く新しい高度な産業において競争する能力を育てて行く必要があります。国際貿易や外資導入が国の生産性を高めるのは、自国企業がより高い生産性を実現できる産業や産業セグメントに特化し、あまり生産性が高くない分野に付いては輸入に頼れる様になるからである。
第2章 クラスターと競争
クラスターとは、特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関規格団体、業界団体などが地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態を言います。ある特定の事業分野における突出した成功に必要な条件として、事実上どの国、地域、州、都市圏においても、クラスターが顕著な特徴となりつつあります。立地の影響力と関連付けなければ、クラスターを本当に理解する事は出来ません。
■クラスターとは何か
最終製品あるいはサービスを生み出す企業、専門的な投入資源・部品・機器・サービスの供給業者、金融機関、関連産業に属する企業といった要素で構成されます。発達したクラスターは、供給業者の基盤も深く専門的であり、関連産業も多岐に渡り、支援機関の幅も広くあります。クラスターの範囲は、新たな企業や産業の勃興、既存産業の縮小・衰退、地元機関の発達・変化に伴って変化します。クラスターと言う視点の方が、競争の本質や、競争優位の源泉を考える場合には都合が良く、企業間や産業間の重要なつながりや補完性、あるいは技術、スキル、情報、マーケティング、顧客ニーズなどのスピルオーバー(溢出効果)をとらえることができます。こうした結び付きは、競争や生産性、特に新規事業の形成や、イノベーションの方向性やペースを左右する根本的な要素になります。
■立地と競争
競争はダイナミックなものであり、戦略的な違いとイノベーションを追求する事で決まります。そして3つの状況が、生産要素そのものの重要性を低下させています。即ち、グローバル経済に門戸を開く国が増えて投入資源の供給が増大する、生産要素の国内・国際市場の効率が向上する、競争における生産要素の比重が低下するの3つです。 立地は生産性、特に生産性の成長に与える影響と言う点で競争優位を大きく左右します。ある立地における生産性や繁栄は、そこにある企業が、どの産業で競争しているのかによって決まるのではなく、どのように競争するかで決まります。産業がいかにハイテクなものであろうと、企業の生産性が低ければ繁栄は保証されません。追求すべき正しい目標は、すべての産業の生産性の向上です。ある立地に属する企業が競争する際の生産性と先進性は、ビジネス環境の質から強い影響を受けます。事業環境のより決定的な側面となりつつあるのは、経済全体に関わるものではなく、クラスター固有の要素です(例えば、特定のタイプの供給業者や大学学部の存在など)。要素インプットの効率や品質を向上させ、究極的には特定のクラスター分野に特化したものにしなければなりません。要素の特化が進めば、特にそれがイノベーションやグレードアップに欠かせない要素(たとえば専門的な大学系研究所など)である場合は、高いレベルの生産性を育むのみならず、他では代用が利かないものとなります。生産性の低い経済圏では、地元での競合はほとんど見られず、仮にあるとしても、その大半は輸入品との競争です。もし生じたとしても、それは互いの模倣合戦で、競争の対象となるのは価格だけであり、企業は費用削減の為に人件費を抑えます。こうした構想では、投資は最小限しか行われません。先進的な経済へと移行するには、地元での激しい競合関係が育たなければなりません。最終的には、単なる費用面での対立を超えて、差別化と言う要素が出て来なければなりません。競争は模倣からイノベーションへと変わって行き、少なかった投資も、物理資産のみならずスキルや技術などの無形資産を対象に増えて行きます。こうした移行過程では、クラスターが非常に重要な役割を果たします。戦略及び競合の環境は、大きく分けて二つの次元でとらえられます。一つは投資をめぐる環境で、より高度な形での競争と高水準の生産性を支えようとすれば、競争に占める投資の比重が高まるのは必定です。投資環境の大前提となるのはマクロ経済や政治の安定だが、ミクロ経済政策も実は重要です。税制の構造、企業統治システム、労働力開発のインセンティブに影響を与える労働市場政策、知的財産権をめぐる規則やその実施状況などが特に大きくあります。もう一つの次元は現地の政策です。貿易や外資に対する開放度、政府による所有、許認可のルール、反トラスト政策、汚職の影響などは、地元での競合の激しさを決定する上で特に重要な役割を持ちます。
■クラスターと競争優位
クラスターは、大きく分けて3つの形で競争に影響を与えます。第一に、クラスターを構成する企業や産業の生産性を向上させる。第二に、その企業や産業がイノベーションを進める能力を強化し、それによって生産性の成長を支える。第三に、イノベーションを支えクラスターを拡大するような新規事業の形成を刺激するの3つです。クラスターが競争に及ぼす3つの大きな影響は、どれもある程度は、人間同士の付き合い、直接顔を突き合わせたコミュニケーション、個人ゃ団体のネットワークを通じた相互作用に依存しています。
・クラスターと生産性
〇専門性の高い投入資源と従業員へのアクセス クラスターに属していれば、部品、機械類、ビジネス・サービス、人材など、専門性の高い投入資源に対するアクセスが改善されたり、アクセスへの費用が安くなる場合があります。「地元での」アウトソーシングは、「遠隔地への」アウトソーシングより取引費用が低くなる可能性があります。供給業者による機械主義的な値上げや約束違反も防ぐことができ、透明性・継続性が共に高い為、下手な仕事をすれば他のクラスター参加者の間での評判を落とすと言う逆効果が生じるからです。先進的で専門性の高い投入資源に付いては、特にその差が大きくなります。クラスター内部の外部効果とスピルオーバーの大きさゆえに、クラスター内部の個々の企業や産業規模よりも、クラスターの幅と深さの方が競争優位と言う点ではむしろ大きな意味を持つ場合が多くあります。
〇情報へのアクセス クラスターの内部では、市場や技術などに関する専門的な情報が、企業や地元機関の中に蓄積されて行きます。クラスター内部にいれば、こうした情報にアクセスしやすいし、費用も安いから、企業は生産性を向上させ、生産性のフロンティアに近付く事ができます。近接性、供給や技術面でのつながり、繰り返し生じる直接の接触や地元の結び付きによって育まれた信頼感の存在。これらがクラスター内部での情報の流れを促進します。
〇インセンティブと業績測定 最も大きいのは競争のプレッシャーです。地元に本拠を置く競争企業どうしの競合関係は、インセンティブとして特に強い効果を発揮します。プライド、地元のコミュニティ内で認められたいと言う願望が、企業にモチベーションを与え、お互いを上回ろうと言う取り組みへといざないます。クラスター内での取引は繰り返し行われ、情報や評判はわかりやすく、地元コミュニティにおける立場を保ちたいと言う願望から、クラスター参加者は、長期的な利益に貢献するような建設的な付き合いを目指すのが普通です。
・クラスターとイノベーション
クラスターに属する企業は、孤立した企業に比べて顧客ニーズを素早く判別できる場合が多くあります。発展中の技術、新たな部品や機器の可能性、サービスやマーケティングのコンセプトなどを他に先駆けて、しかも常に学ぶ事ができます。これは、他のクラスター参加者との継続的な関係や、現場訪問の容易さ、絶え間ない直接の付き合いなどがもたらす恩恵です。対照的に孤立している企業は、情報を取得するにしても多くの障害があります。けれども、それと同じくらい大切なのは、そうした洞察に基づいて迅速に行動する為の柔軟性と能力が得られると言う点でしょう。イノベーションを進めるのに必要な新しい部品、サービス、機械その他の要素を、迅速に調達できる場合が多くあります。イノベーション面での優位を更に強化するのが、地理的に集中したクラスターで発生するプレッシャーそのものです。競合他社とのプレッシャー、ピア・プレッシャー、絶え間ない比較などです。基本的な状況が似ており、数多くの競争相手が存在するだけに、企業は創造的な差別化を追求せざるを得ません。クラスター内部の個々の企業が、長期に渡って他社をリードするのは困難ですが、そのクラスターに属する多くの企業は、他の立地に本拠を置く企業よりも速いペースで前進します。クラスターには、競争と協力の組み合わせがみられ、共存が可能です。地理的な近接性を持ったクラスターは、市場とヒエラルキーの間の連続性の下で一つの確固たる組織形態を体現しています。
■クラスターと新規事業の形成
新しい事業のうち、多くは孤立した立地ではなく、既存のクラスター内部で形成されます。クラスター内部では市場機会に付いての情報が豊富であるから、これが参入を誘うきっかけとなります。クラスターが立地する場所では必要な資産、スキル、投入資源、人材などが容易に調達できる場合が多く、それを組み合わせて新たな企業を起こすのも他の場所より簡単です。
■クラスターの社会経済学
社会的な絆がクラスターをまとめ、価値創造のプロセスを助けます。クラスターによる競争優位の多くは、情報の自由な流れ、付加価値をもたらす交換や取引の発見、改善に対する強いモチベーションなどに大きく左右されます。こうした事情を支えるのは、関係性であり、ネットワークであり、共通の利害と言う意識です。クラスターに属することによって生じる、企業の一体感、コミュニティ感覚、そして単独の団体と言う狭い限定を超えた市民としての責任は、そのまま経済的価値に繋がります。信頼や組織相互の浸透によるメリットは、明らかにクラスター内部の交流の潤滑油となり、それが生産性を高め、イノベーションを加速し、新規事業の形成をもたらします。クラスターのグレードアップが成功するか否かは、関係構築に明確な関心が注がれるかどうかに大きく左右されます。ネットワーク形成の促進においては、業界団体が重要な役割を担います。
■クラスターと経済地理
都市、州、国家を経済地理と言う点で見ると、特に繫栄しているものについては専門化がその特徴となっています。ある地域を基盤とする外向きのクラスターは、その地域の経済成長や経済繁栄を長期的に生み出す主役となります。クラスターを確認する場合には、外向きの産業と、基本的に地元市場を対象としている産業を区別しなければなりません。
・開発途上国におけるクラスター
通常、明白なクラスターが観察されるのは先進国です。先進国の方がクラスターの深さや大きいのが普通である為です。開発途上国では、産業の主力は国内企業か、国内市場を対象とする外資系子会社で、輸出産業は多くが資源集約型か労働集約型です。開発途上国におけるクラスターは奥行きが浅く、外国製の部品やサービス、技術に大きく依存しがちです。教育水準やスキル水準の低さ、弱体な技術、資本へのアクセスの弱さ、各種機関の発達不足と言った理由でクラスターの形成が妨げられてしまいます。最終的にイノベーションにつなげて行くには、時間を掛けてクラスターを構築しなければなりません。
・国内取引と国内投資
国際貿易や国際投資は生産性の成長のための強力な手段として広く認識されますが、一方で、国内取引や国内投資の役割はほぼ無視されています。国内取引は、距離的な近さや国内ゆえの類似性、また国家の力の及ばぬ障壁が少ない為、国際貿易よりも容易であり、企業から見れば、国際化を進めるのに必要なスキルを構築する踏み台となります。グローバル化の影響によって、一般的な都市化の優位は大きく減少する一方、クラスター固有の優位はいっそう増大しています。多くの都市圏がそれぞれにクラスターとして特化していると言う特徴を持つ経済地理の方が、一つないし二つの多角化した巨大都市に基づく経済よりも、はるかに生産性は高い様です。先進国でも、経済活動が少数の地域に集中する場合はあり、その顕著な例が日本で、中央政府が強力で競争に介入しがちであり、政策・制度の点でも中央偏重で、製造業出荷額の50%近くが東京と大阪に集中しています。
・立地というパラドクス
グローバル経済において持続的な競争優位を得るには、多くの場合、非常にローカルな要素、つまり専門家の進んだスキルや知識、各種機関、競合企業、関連ビジネス、レベルの高い顧客などが、一つの国ないし地域に集中していなければならない事になります。地理的、文化的、制度的な意味での近さによって、特別なアクセスや関係、充実した情報、強いインセンティブなど、遠隔地にいては太刀打ちしにくい生産性や生産性の成長と言う点での優位が得られる。標準的な投入資源、情報、技術は、グルーバル化によって容易に入手できるようになるが、競争のより先進的な次元が地理的な束縛のもとに残されることになる。立地は今も重要である。
■クラスターの誕生、進化、衰退
初期にその場所で企業が誕生するモチベーションとして目立つのが、専門的なスキルや大学の専門的な研究能力、物理的な立地の効率性、適切なインフラストラクチャ―の要素などがまとめて利用できると言うメリットなどです。地元の需要条件が、通常以上に高度だったり切迫している場合にも、クラスターの発生に繋がることがあります。供給産業や関連産業、あるいは関連するクラスター全体が以前から存在している場合も、新たなクラスターが生まれる下地となります。クラスターの誕生には偶然も大きく作用します。ある立地における初期の企業形成は、起業家精神の産物である場合も多く、地元の状況の有利さで完璧に説明し尽くせるものではありません。
・クラスター開発
クラスターが発展するか否かは予測しやすく、地元の教育、規制、その他の制度がどれだけ迅速にクラスターのニーズに対応するか、有能な供給業者がいかに迅速にクラスターの事業機会に反応するかといった点が大きくあります。特に注目すべき分野は3つあり、地元での競争の激しさ、新規事業形成に対する地元の全般的な環境、そしてクラスター参加者をまとめる公式・非公式のメカニズムの効率性です。健全なクラスターでは、最初に必要な数の企業が揃う事により、自己強化型のプロセスが始動します。専門的な供給業者が出現し、情報が蓄積され、地元の各種機関が専門的な研修、研究、インフラストラクチャー、そして適切な規制を提供するようになります。クラスターがその深みを増し、真の競争優位を獲得するまでには10年、あるいはそれ以上の時間が必要な様です。クラスターの発展が特に活発になるのが、複数のクラスターが重なり合う部分です。ここでは異なる分野の知識やスキル、技術が混ざり合い、新しいビジネスが生まれる刺激となります。国内経済においてもグローバル経済においても、クラスターの発展は、他の国や州からクラスター参加者を誘致することで大きく加速されます。成長しているクラスターは、製造事業やサービス事業、供給施設と言った形で、外国から国内に向けた直接投資(FDI )を惹きつける様になります。クラスターの成長は、人材やアイデアも惹きつけ、そのサクセス・ストーリーは、最も優れた才能を惹きつけます。クラスターが発展するにつれ、クラスター参加者は、グローバル戦略の開発に力を入れる様になる傾向があります。長期的には、生産性の低い活動は、費用削減と外国市場へのアクセス改善のために、国外に移転されるようになります。こうした国際化は、積極的にチャンスを追求した結果であるから、このプロセスはクラスターの競争力を一層高める事になります。それによって成長のチャンスがさらに広がるだけでなく、知識が豊かになり新しいアイデアが刺激されます。
・クラスターの衰退
クラスターの収縮と衰退の原因は、大きく二つのカテゴリーに分類されます。一つは内因性、つまり立地そのものに由来する原因です。もう一つは外因性、つまり外部環境の展開や不連続性によってもたらされるものです。クラスターが内部から衰退して行く場合は、内部の硬直性ゆえに生産性とイノベーションが抑えられてしまうのが原因です。政府が競争を差し止めたり介入することが多い立地で生じやすくあります。外部からの脅威は、様々な分野で生じ、中でも最も重要なのは、技術面での急激な変化でしょう。これによって、クラスターによる優位の多くが一気に中和されてしまうからです。 顧客のニーズの変化も、地元のニーズとそれ以外の場所でのニーズとの乖離を招き、クラスターの生産性やイノベーションを阻む脅威になります。長期的には、主要な新技術で絶対的な量を確保できなかったり、新しい大きなニーズに対応できなければ、その立地は革新的企業のホームベース(本拠地)としては衰退して行きます。
■政府の役割
政府の役割のうち、最も基本的なものは、マクロ経済と政治の安定を実現することです。第二の役割は、自国におけるミクロ経済の能力を高めることです。その為には、ビジネスの汎用性の高い投入資源として指摘したもの(教育程度の高い労働力、適切な物理的インフラストラクチャー、正確でタイムリーな経済情報など)、そしてそれを提供する機関の効率と質を高めれば良い。第三の役割は、生産性の成長を促すべく、競合関係を促すような競争政策、投資促進につながる税制や知的財産関連の法律など、競争を司るミクロ経済的なルールやインセンティブ全般を定めることです。第四の役割は、クラスターの発展とグレードアップを促進すると言う役割が重要になって来ます。政府は、すべてのクラスターの発展とグレードアップの促進を目指すべきであって、対象とするクラスターを選別するべきではありません。 生産性、イノベーションにおけるクラスターの優位の多くは、政府機関も含めたスピルオーバーと外部効果に大きく左右されます。政府は、民間部門による集団的な行動を刺激、促進し、それにインセンティブを与える事もできます。政府の役割の最後の一つは、積極的かつ明確な長期的経済アクション・プログラムの開発と実施です。こうしたプロセスは、個々の政権や政府の政治力学を凌駕すべきもので、国レベルだけでなく、州や都市のレベルでも進められるのが望ましくあります。
・クラスター・レベルでの政府の政策
政府は、新しいクラスターをゼロから創り出そうとするのではなく、既存のクラスター、新興のクラスターを強化し、それをもとにした政策を行うべきです。新しい産業やクラスターは、既存のものから生まれてくる可能性が一番高くあります。クラスター開発の努力は、市場の試練を潜り抜けたクラスターの種が既に存在する場合にしか成立し得ず、また他の立地にあるものを丸ごと模倣しようとするのではなく、競争優位と専門家の追求と言う要素が含まれていなければなりません。大抵の場合、既に実績のある立地に対して正面から競争を挑むよりも、専門化し得る分野を見つけた方が効果的です。クラスターの開発は、外国からの直接投資( FDI )がきっかけとなり、またそれによって強化される場合がある。FDI を誘致する最も効果的な取り組みは、同じ分野に属する多数の企業を集中的に誘致し、これと並行して、専門的な研修、インフラその他のビジネス環境への投資を通じた支援を行うことです。政府は往々にして、個々の企業の競争力の向上を図る為に、補助金や技術交付金などの開発政策に気を取られてしまいます。また、政策上の関心の多くは産業レベルでの対処に終始しており、これもまたクラスターより視野が狭いです。産業レベル中心の政策は、一部の産業が他の産業より優れていると言う前提に立っており、競争をゆがめたり制限すると言う大きなリスクを犯すことになります。企業、供給業者、関連産業、サービス提供者、各種機関などをまとめて扱うことで、政府のイニシアティブやインセンティブは、競争を脅かす事なく、多くの企業や産業に共通の問題に対処できます。クラスターに注目すれば、多くの関連ビジネスにかなりの影響を与える公共財や準公共財の構築も推進されます。
■クラスター開発における企業の役割
クラスターが存在すると言う点から考えて、企業がオペレーション効率と独自戦略の確立と言う双方の面で競争優位を実現する可能性を大きく左右するのは、実は企業の外部、いやその産業の外部であると言えそうです。よく発達したクラスターが存在すれば、生産性やイノベーションの能力という面で大きなメリットが生じ、これは他の場所で活動する企業にとっては容易に真似できないものです。多くの場合、ある分野においてこうした環境を実現できるのは、世界でも数か所の立地に限られています。
・業界団体・共同団体の役割
クラスター内での外部効果や公共財の重要性を考えるならば、企業どうしの非公式なネットワークや、公式の業界団体、コンソーシアムなどの共同団体が必要となり、そういった団体を介する方がふさわしい場合も多くあります。多くの業界団体がやっている事は、せいぜい政府へのロビー活動やちょっとした統計の取りまとめ、あるいは社交活動の主催と言った程度に過ぎません。業界団体や共同団体は、クラスター内のつながりを制度化します。業界団体は、共通のニーズや制約、チャンスを確認する為の中立的な場となるだけでなく、それらに対処する為の活動拠点にもなります。ほとんどの業界団体では、全国規模のものが当たり前になっていますが、これと合わせて、クラスター・ベースの業界団体も必要なのです。業界団体が存在しない場合には、これを創設することが一つの重要な課題です。
・企業活動の立地配分
クラスター理論は、企業の立地配分についてもっと複雑な観点を提示します。第一に、立地の選択は単なる投入資源の費用や税金だけで決めるのではなく、全体としての生産性のポテンシャルを考慮すべきだとします。人件費や税金が安い立地では、往々にして、効率的なインフラや供給業者の利用のしやすさ、タイミングのいいメンテナンスなど、クラスターが提供してくれる条件が欠落し、物流面での費用や新製品を導入する費用もかなり大きいかもしれません。こうした生産性の面での振れが、到底相殺できないほど大きい事を思い知らされた企業は多くあります。第二に、企業は活動を各地に分散させることで費用面での優位を得る一方で、クラスターによる優位もまた活かさなければなりません。けれども、「ホームベース」活動と呼ぶ種類の活動については、選択の基準が大きく異なります。ホームベース活動とは、その企業の製品、プロセス、サービスの創造やグレードアップに関わるような活動で、その立地は、システム全体の費用やイノベーションの可能性によって大きく左右されます。通常、イノベーションに有利な条件が揃っているのはクラスターで、より活発なクラスターが他にあるならば、ホームベース活動を、その企業の主な所有者のいる国や本社が置かれている国以外の立地にすべきです。同じ分野の他企業から離れた場所に活動を配置する場合、その企業はクラスター構築を自力で進めなければなりません。
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