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自分を癒す力

 「癒し」という言葉は癒される、癒されたい受身で使われることが多く、外から与えられるもの、誰かに、あるいは何かに癒してもらうというイメージがあるように思います。自然治癒力(*注)という言葉がありますが、人間には本来自分で自分の傷んだからだを修復する力が備わっていることは誰しも知るところでしょう。その力は身体だけではなく心にも働いているのですが、私たちは案外、自分のなかにあるそうした力を信じてはいないように思います。

*注
 自分の意識とは関係なく、たえず作動し、常に待機しており、何らかの損傷が発生すると自動的に自己修復プロセスを活性化する力” 中川美典著「自然治癒力の不思議」メディア総合研究所 2002年

 外から得る癒しはちょっとしたストレスの緩和には効果はありますが、深い癒しとはなりにくいように思います。では自らを深く癒す力はどんなふうに働くのでしょうか。長年行っている創作のグループ活動の経験から感じてきたことをまとめてみました。

 月に1度、私はカウンセリングルームでクライアントの方を対象にした創作のグループ活動を行なっています。活動を始めるきっかけは、アートセラピーの講座を受けたことでした。もともとなにかを作るのが好きで、子どもの頃から工作だの手芸だのをチマチマとやっていたのですが、そのとき様々な画材を存分に使って表現をすることを経験し、それがすごく楽しく、自分は色を塗ったり、粘土を捏ねたり、紙を切ったり貼ったりしてなにかを作るのが心底好きなことに気づいたのでした。夢中にやっていると自分の中からエネルギーがどんどん湧いてきました。アートセラピーを学びに行ったおかげで自分自身がずいぶん解放され元気になったと感じました。その楽しい体験を自分自身が続けていきたいのと、他の人たちとも分かち合いたいという思いから、自由な創作の場を作ることにしたのでした。

  歌ったり、踊ったり、描いたり、なにかを作ることや表現することを、幼い頃は誰もが無邪気に楽しんだのではないでしょうか。ところが大人になるにつれて、私たちは無邪気に楽しむことがだんだんできなくなっていくようです。創作グループに参加される方々が最初におっしゃるのが、「私、絵は下手なんです。」学校の図画工作ですっかり自信を失って、以来表現活動には一切手を出さなくてなってしまったという人もいました。最初のうちは自分の作品を持ち帰らない人も。「捨てちゃって下さい。自分の作品はあまり見たくないから。」その言葉に胸がズキンと痛んだことは今も忘れられません。

  人は成長するにつれて、他者を意識するようになるし、学校教育のなかで評価されるという体験を通して、上手い下手、できるできないを否応なく意識し、自分自身も人と比べて自信をなくしたり、競争してしまい、無邪気に楽しむ感覚をいつしか忘れていくのですね。それはとてももったいないことだと最近つくづく思います。

  創作グループでは、まっ白な紙にいきなり自由に描くのは難しいと感じる人はたいてい塗り絵を手に取ります。おもしろいのは、塗り絵にだんだん慣れてくると、塗り絵のデザインに自分なりの模様を描きこんだり、塗るのではなく貼り絵にしたり、塗り絵のデザインを模写して色付けして、まったく異なる風合いに仕上げたりと、どんどん個性的になっていくことです。塗り絵の線画というきっかけを与えられるとそこからだんだんと創造するエネルギーが動き出していくさまが垣間見られて実に興味深いです。

  創作を終えた後は「自画自賛」の会をします。お茶とお菓子を頂きながら、自分の作品の気に入っているところやそれに込めた思いなどをそれぞれがリラックスして語り合います。自画自賛は大事です。自分の作品への愛を語る参加者は少し照れながらも嬉しそうです。他の参加者の作品に感想を述べ合ったりもするので、互いにエンパワーすることにもなります。こうしたシェアリングを通して、だんだん、ありのままでいることや、自分の生み出したものへのまんざらでもない気持ちが感じられるようになります。

  たとえ塗り絵がはみ出していても、描いたり形作ったものにいびつさや歪みがあっても、それはそれで自分の味として受け止めていけるようになると、創作は俄然楽しくなってきます。自分なりに、今度はもっとこうしたい!とか、やりたいこと試したいことが湧いてくるのです。なにかしらの心の障壁で堰き止められて澱んでいた創造性が水のように溢れ、川のように流れ出す。それはまぎれもなく自分を癒す力であり、創造のエネルギーが気持ちよく循環し始めると人は元気になっていくのだなあと実感します。

  当初、自分の作品を「捨ててください」と言っていた方は、今は大事に持ち帰るようになり、部屋に飾って眺めたり、写メに撮ってスマホの背景に入れたりしているとのこと。嬉しい変化です。自分が生み出した作品に愛着を持ち大切にすることは、自分自身をありのままに受け入れ、愛おしみ大切にすることに繋がっていくのではないかと思います。

  自分を癒す力は、自分の中の創造性であり、そのエネルギーの流れを滞らせず、気持ちよい流れを作ることが自分を元気にしていくのだと思います。

(無料マガジン「神話と物語から生きる知恵を汲む③」に創造性について書きました。併せてお読み頂ければ幸いです。)


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