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版籍奉還と廃藩置県

今回紹介するのは明治初期の版籍奉還による知藩事の任官と廃藩置県による知藩事の免官に関する書状です。

版籍奉還

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今般、版籍奉還の儀に付き深く時勢を察せられ、広く公議を採せられ、政令帰一のおぼしめしを以って言上の通り聞食(きこしめ)され候こと。 

こちらは版籍奉還を願い出た大名が受け取ったものとなります。版籍奉還を願い出ない大名に対しては、版籍奉還するように、と言った趣旨の文言が追加されているようです。
版籍奉還は土地と民を朝廷に返還することです。江戸時代もしくはそれ以前から先祖代々の土地を有している大名にとっては大きな変革であったと思います。

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こちらは知藩事の任命状です。印は太政官印と呼ばれるものです。
ちなみに「藩」が公式文書に初めて記載されたのは明治からでした。江戸時代から「藩」という言葉はありましたが、幕府が公式文書に記載したことはないようです。
版籍奉還を誤解していた大名もいて、一度朝廷に土地を返還して江戸幕府のように領知安堵の朱印状が発給されると思っていた人もいたようです。
実際には旧藩主は土地と民を領知するのではなく、知藩事として任官されます。幕府の行ってきた本領安堵と比べると明治政府が行ったことは知事と言う職の任命なので意味合いが違っています。

廃藩置県

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こちらは知藩事の免官状です。辛未は干支ですので、明治4年(1871)7月です。これによって知藩事の職を失います。旧藩主は東京への移住を強制され、藩収入の1割が国から支給されています。藩の借金や家臣への俸禄支払いの義務からは解消され明治政府が旧武士である士族の俸禄を管理することとなります。この後、段階的に士族の俸禄が無くなっていきます。

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