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どうしよう?高校「熱化学」



 日本ではほぼ10年おきに「学習指導要領」が改訂される。2022度には、36年目になる教員生活の中で、4回目の学習指導要領改訂があり、現在の高校2年生から新課程(平成30年告示、令和4年度実施)の授業が始まっている。
 ほかの教科は科目名も内容も大きく変わり、大変そうであるが、理科は科目名、単位数ともに変更がなく、学習する内容はほとんど変わっていない。よって、今までと同じことを教えていればいいと思っていた。ところが、今回の化学は熱化学分野で大きな変更点があったのだ。これは私の教員人生の中で最大の変更と言ってもいいくらいである。転勤がなければ、今年度は旧課程の最後の3年生の授業を持つはずだったので、1年間猶予があると思っていた。しかし転勤して、1,2年生を担当することになり、急遽2年生に新課程の「熱化学」を教えることになってしまった。さあどうしようか?

熱化学の変更点

 一つは文科省の学習指導要領解説に、「化学エネルギーの差については、エンタルピー変化で表す」との表記がなされ、従来の「熱化学方程式」が、「エンタルピー変化を付した化学反応式」に変わったことである。黒鉛が燃焼して二酸化炭素が生成する反応を例にとると、従来は
  C(黒鉛) + O2(気) = CO2(気) + 394 kJ
と表し、左辺の物質が持つエネルギーの総和と、右辺の物質が持つエネルギーの総和と反応熱の和が等しい、という意味で両辺を等号(=)で結び、熱化学「方程式」と呼んでいた。
 新指導要領では、化学反応式にエンタルピー変化(ΔH)を付して、
  C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気)  ΔH = -394 kJ
と表すことになったのである。エンタルピー「変化」であるから、生成物(反応後)の持つエンタルピーから、反応物(反応前)の持つエンタルピーを引くことになり、符号が負(-)の場合は発熱反応となる。今までは発熱反応の反応熱は正(+)で表されていたので、符号が逆になることになる。   
 ここで大学時代に買った「物理化学」の教科書を開いてみた。(白井道雄著 「物理化学改訂版」実教出版)そこには、新指導要領と同じ形の熱化学方程式が記されている。少なくとも私が大学生だった40年前には、新課程の「熱化学方程式」で反応熱を表していた。また、インターネットで検索していくと、旧課程の「熱化学方程式」を使用しているのは日本だけだという記述も見られた。(後飯塚由香里「熱化学方程式は必要か」化学と教育66巻9号 2018年)つまり、大学の化学とのスムーズな接続を図るうえでも、国際標準に合わせる意味でも、「エンタルピー変化」の導入は必要だったのだ。むしろ遅きに失したとも考えられる。
 もう一つは、「吸熱反応が自発的に進む要因にも定性的に触れること」と学習指導要領解説に記載されたことにより、教科書に「エントロピー」の項目ができたことである。「エントロピー」は私が高校生の頃の教科書(昭和48年度(1973年度)実施の学習指導要領に基づく)には、「乱雑さ」という言葉で表されていたものである。昭和57年度(1983年度)実施の学習指導要領からは「乱雑さ」という言葉が消え、私は授業で扱うことなく30年以上を過ごしてきたが、それが「エントロピー」という、学生時代よく理解できなかった言葉でよみがえったのだ。
教科書(第一学習社「化学」)には、「粒子の乱雑さの度合いは、エントロピー(記号S)とよばれる量で表され、その変化量をエントロピー変化(記号ΔS)という。乱雑さが大きくなる変化ではΔS>0、乱雑さが小さくなる変化ではΔS<0となる。この表し方を用いると、ΔS>0の向きに変化が起こりやすいといえる。」と記され、定量的な取り扱いはされていない。発展の部分で「ギブスエネルギー変化」(ΔG=ΔHーTΔS)が取り上げられ、化学反応はΔG<0になる方向に進むという記載があるだけである。

さて、どうしようか?

 どうやら、私は、エンタルピー、エントロピーなど、大学で初めて学んだ言葉が高校の教科書に登場し、気負いすぎていたようである。高校時代、生物と化学で受験し、物理をあまり勉強せずに来てしまったことが、ここにきて影響しているのかもしれない。冷静になって新課程化学の教科書を熟読すれば、今までの熱化学方程式の形が変わったこと、値の正負が入れ替わることの2点を抑えておけば、問題なく授業が進められそうである。
 生徒は初めて学ぶ内容なので、私たちが感じるほどの違和感はないだろう。今まで通り、きちんと準備をして授業すればいいだけだ。
 生徒たちが理系の大学に進学しても、私ほど違和感を感じることなく物理化学の授業に入っていけるよう頑張ってみたいと思う。
 最後に一言、私も高校時代にエンタルピーを学んでおきたかった。そうすればもっと大学の化学が理解できていたかもしれない。

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