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なぜマゾヒズムなのか

 こんにちは。先々週からnoteを始め、5日連続更新と快調な滑り出しを見せ、毎日更新するのかと思いきや、先週まったく記事を書きませんでした。その間何をしていたのかというと、DLチャンネルというサイトでマゾヒズム関連の記事をひたすら書いていました。面白いので読んでみてください。

 なぜ突然マゾヒズムなのか。僕がマゾヒズムについて書く理由は、だいたい百個くらいあって、一つ目は単純に性癖であること。二つ目は今宵の月が僕を誘っていること。三つ目はこの世界にありふれた人間の悲惨や、苦痛のあり方並びに苦痛の受け止め方一般に興味があるからです。

 マゾヒズム的人格はどのように形成されるのか。フロイトによれば、それは幼児期の性的体験や、罪責感情と結びついているとされています。個人的な意見になりますが、僕は避けられない苦痛によって苦しまないためにマゾ的な心性を育んできたような気がします。現在の時点から、過去に恣意的な意味づけをすることに対しては慎重にならなければいけませんが、これまでの人生を思い返すと、いくつかの転機があったように思います。中学生のころにツルゲーネフの『はつ恋』を読んだことや、クラスで一番優しくて可愛いあの娘はほぼ必ずヤンキーと付き合うという事実に直面したことが、僕をマゾヒズムへと向かわせる契機となったような気がします。

 彼はしかし、悲しみとあこがれとにみちみちた、自分の胸の中を見つめていた。何故に、何故に自分はここにいるのか。なぜ自分の小部屋の窓際に腰かけて、シュトルムの「インメンゼエ」を読みながら、胡桃の老木が大儀そうに音を立てる、夕暮れの庭に時々眼をやっていないのか。そここそは自分のいるべき場所だったろうに。ほかの人たちは勝手に踊るがいい。元気に上手に精出すがいいのだ。……いやいや、自分の場所はやっぱりここだ。ここならインゲの近くにいるという自覚がある。たとえただひとり遠く離れて立たまま、あの客間のさざめきや騒音や笑い声の中から、暖かい生命の響きのこもった、彼女の声を聞き分けようと努めているにすぎなくとも。お前の切れ長な、碧い、笑っている眼よ、金髪のインゲ。お前のように美しく朗らかであり得るのは、「インメンゼエ」なんぞ読まず、また決して自分でそんなものを書こうなんぞとしない人だけに限る。それが悲しいことなのだ……
トーマス・マン著、実吉捷郎訳『トニオ・クレエゲル』、1952年、岩波書店、24p

 トニオ・クレエゲルのこの傲慢で自己完結的な、独りよがりな感傷に浸ってばかりの十代を過ごしました。賑やかなダンスパーティに溶け込むこともできず、むしろそれを冷蔑することで身を守りながら、身を切るような感傷に身を任せることで、立ち止まっているだけの自分をごまかしてきました。「僕には見せないその笑顔はなんて美しく可憐なんだ」と歌うピロウズの「彼女は今日」等の曲はそのような姿勢を維持するのに役立ちました。ある種の人々にとっては、苦痛とは幸福よりも親しみやすく、また飼いならしやすいものです。または、傷つくことを恐れるあまり、あらかじめ想像上で傷つくことで、致命傷を負うことを回避していたのかもしれません。いずれにしても哀しい処世術ですが、思春期に味わった挫折感や無能感が、マゾヒズム的な性癖に繋がっていったように思います。

 またこれに関連した話題では、ピクシブ百科事典の「BSS」(「僕が先に好きだったのに」の略語)の項目がやたらと熱量が込められていて内容も充実しており、読みごたえがあって面白かったです。

 

先週マゾヒズムについての記事を書き上げてから、フロイト以降の被虐症の精神分析について述べた本や、鞭打ちの文化史の本、マゾッホ研究の本、ドゥルーズのマゾッホ論、マゾヒスト的な人物像は、自由主義と近代主義の言説における内的葛藤と矛盾から生まれるものであると主張する、フーコー以降の視座からマゾヒズムを解釈する本など、さまざまな関連本が家に届いたので、これから読んでまた記事にまとめてみようかと思っています。

また、最近読んだ論文で、坂田登「マゾヒズムとサディズムについて」はフロイトのマゾヒズム論が簡潔にまとまっていてお勧めです。日合あかね「女性の性的自立にお けるマ ゾヒ ズ ム的行為体の可能性」は、従来自然本性的なものとされていた女性のマゾヒズムを、バトラーの「トラブル」の概念等を用いて捉え直し、行為体としてのマゾヒズムの実践を通してセクシャリティにおける権力構造の脱構築の可能性を探る刺激的な論文です。ほかにも倉橋由美子『聖少女』から、マゾヒズムと契約について述べた片野智子「倉橋由美子『聖少女』論──契約するマゾヒスト」や、江戸川乱歩の『陰獣』をテーマにマゾヒズム行為に付随する悦びについて述べた論文などが面白かったです。

 今日のところは以上です。

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