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人は 人によりて 人となる

アイモクを一代で築いた井上顧問の御尊父、井上昌俊さんが29日に90歳で御逝去されました。30日、ご自宅でのお通夜で最後のお別れをしてきました。

27年前、大阪から愛媛に来てミスタービルド愛媛に就職しました。ミスタービルド愛媛の母体がアイモク(愛媛木材市場)材木屋さんでした。

ミスタービルド愛媛はアイモクの敷地内に建物があり、会長と呼ばせて頂いてたのですが、誰よりも早く会社に来られて、ランニングシャツ一枚で材木を肩に担ぎ土場や倉庫をいつも整理されてました。

木が好きで、「川上くんいいものみせてあげる」と木の箱に入った床柱をみせて頂いたこともあります。これ一本で1000万はするぞと…

昔は大工さん向けに定期的にセリもしていて、会長のセリはバナナの叩き売りみたいで大工さん達に大人気でした。

社員の中では「まー君」という愛称でも呼ばれていました。「わしは出来が悪いから人の二倍、三倍働かないといけない」と言われ、汗をかきながら誰よりも働いていた方でした。爪の垢を煎じて飲まないと…と思ったものです。

人と話すことが大好きで、人を褒めるのも大好きな方でした。「川上くんは寡黙なのがいい、よく喋る人間より信頼できる。幸一(井上顧問)を助けてやってくれな」いつもそう言いながら力強く握手をしてくれました。

講演をされる際に自ら小さなラジカセで音楽をかけながら入場したりして、ちゃめっ気のある大変朗らかな方でもありました。

一時アイモクの土地を分譲地として販売する際にご自分で築いたアイモクが無くなってしまうと思われたのでしょう「お前が幸一をそそのかしたんやろう!」と怒られた時もありましたが、やがて誤解も解け、「お前はやっぱり凄い、いつまでも幸一を支えてくれな」…

調子がいいなと思いつつ、憎めないのが「まー君」の魅力でした。

ここ数年は年末の顧問の家でのお餅つきでお会いする程度でしたが、川上くんが大好きなんよと顧問にも、顧問の奥様にも言われ、お会いすると「元気やったか、川上くんは誠実で信頼してるよ、川上くんは凄いんよ」と言って頂いてました。

昨年の暮れには歩くのを少し難儀されており、車の出入りを支えさせて頂きました。今年も年末にお会いするのを楽しみにしていたのですが…

会長のことですから天国で先立たれた奥様と二人で沢山の方に話しかけられているんだと思います。まだしばらくは行きませんが、そのうち天国へ行けたならまた会長に褒めて貰いたいです。

心よりご冥福をお祈りしております。

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