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【短編小説】12/25『ワタシに願いを』

 毎年定番のものから新たに発表されたものまで、冬の大きなイベントが題材になっているそれらが街に流れ始めた。
 きっとこないであろう“キミ”を待ってみたり、クリスマスキャロルが流れるころに思いを馳せてみたり、プレゼントよりも“貴方”が欲しいとせがんでみたり……なんのかんのシチュエーションは違えど、“恋人たち”に向けた楽曲が多い。
 ワタシ的にはムーディーなものよりアップテンポで楽しげなものが好きだ。気分が上がるからね。
 ワタシ――こと流れ星の精は、流れ星を渡っては人々の願いを叶えてきた。
 落ちていく幾つもの星を渡っていたけれど、あるとき思った。『ちょっと疲れたな』って。
 だから、なんだか目立っていたこの星に留まることにした。この商店街でクリスマスイベントを行う際に必ず出される大きなモミの木。そのてっぺんで輝く星に。
 ここなら転々と移動しなくていいし、お願いする人との距離が近いから願い事が聞き取りやすい。
『願いを3回唱えれば叶う』と言われているのは、3回くらい願ってくれないとワタシのところまで聞こえないから。距離遠いし速度早いしね。
 クリスマスじゃない時期は、商店街の入口上部に設置されたからくり時計の中、魔法使いが持っているステッキの先に付いた星に移動する。大きな星が季節物だなんて知らなかったんだもの。
 朝9時から夜7時まで、3時間おきに仕掛けが動くときにも願いが叶えられるけど、知らないヒトだらけで正直暇だ。
 ツリーが設置されると忙しくなるのは、カップルがツリーの下で指輪を送り合うと、一生幸せになれるという噂が流れているから。
 ワタシが宿って願いを叶えるようになって以降、このツリーは【恋人たちの聖地】と呼ばれるようになって地元のローカル誌に載ったりしている。
 別に恋人同士の願い事だけ叶えるわけじゃないんだけど、願ってくるのがカップルばかりだから叶えるのもカップルのばかりで、そういう噂が広まってしまったらしい。この国ではつくづく、クリスマス=恋人同士のイベント、というイメージが強いようだ。
 家族や友人同士、もちろん一人でだって楽しんでいいのにね。
 というわけで、クリスマスの本番当日になれば、ツリーの下は若いカップルで溢れる。のだけど。
 周囲の雰囲気に似つかわしくない、思いつめた表情でツリーをジッと見つめる男の子がいる。その目付きは“睨んでいる”に近いものがある。
 ツリーになにか恨みでもあるのかと思ったら違った。どうやら受験生らしい。
 来年行われる試験に向けて、目下勉強中……という状況のようだ。
 あまりにも根を詰めて勉強しているので家族に心配され、気晴らしに予約しているクリスマスケーキを受け取りに行ってこいと任命されたとか。
『こんなことしてる時間があったら勉強したいのに。なんだよ自分たちばっかりクリスマスとかお正月とか浮かれちゃってさ。この時間分の勉強ができなくて受験がうまくいかなかったら全部家族のせいだ』
 そんな心の声が全部漏れて聞こえてくる。相当強い気持ちらしい。
『これで万が一のことがあって来年もまだ受験生でいなければならなくなったらどうしてくれるんだ。僕の人生設計が全部台無しだよ』
 ここで恨みつらみを吐き出す時間があったら、サッサとケーキ受け取ってとっとと帰宅すればいいのに――と思うけど、コチラの声は届かない。いつでも一方通行なのだ。
 願ってくれれば叶えられるかも知れないのに……カップルの願いしか聞いてもらえない、という噂を信じているのか、合格祈願はしてくれない。
 気になって受験生の未来を見てみたが……第一志望の大学に入学したとしても、人間関係のもつれで早々に自主退学してしまうよう。もし合格祈願を願われたとしても、本人の為にならなさそうだし叶えるのは気が引ける。
 第二志望の大学へ入学し、才能を開花させて多くの人に希望を与えるのが彼にとっての最善ルートだからだ。
 しばらくは失意のもと辛い思いをするだろうが、耐えるんだぞ……。
 願いがかなえられないコチラも、心が痛むときはある。
 だからせめて、今日のケーキと正月のおせちを美味しく食べられるように願った。叶うかどうかは彼次第だ。

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