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【短編小説】12/26『海腹川背』

 乾燥機から洗濯物を取り出して畳んでいたら、玄関を開ける音が聞こえた。
「ただいまー」
「お帰りなさい。どうだった?」
 その問いに彼の顔が緩んだ。どうやら釣果はあったみたいだ。
「めっちゃめちゃ釣れた。予約した船の船長が有能な人でさ、凄かったのよ!」
「ほぅほぅ」
「見てコレ」
 満面の笑みで出してきたスマホの画面には、人間の身体より大きな魚と彼が並んでる写真が表示されている。
「でかっ、すご」
「でしょ? さすがにこれは丸のまま持ち帰るのはムリだったから、現地で色んな人に分けて来ちゃった」
「いいよいいよ、余らせるより全然いい」
「うちの分は切り身で持って帰ってきたからなんか作るわ。なにがいい?」
「えぇ、なにがいいんだろう。お刺身? フライ?」
「どっちもいいね。普通に焼いても旨いと思う」
「その辺はお任せしてもいいですか」
「もちろん」
「疲れてるよね、ごめんね?」
「全然? めっちゃ楽しかったし」
 アドレナリンでも出ているのだろうか。彼は今朝早く家を出ていったときよりも元気だ。
 タフだなーと思いつつ、洗濯物を畳む作業に戻る。
 彼はそのままキッチンで料理を作ってくれてる。冬の海なんて寒かったろうに……あっ。
「お風呂入れようか。冷えたよね」
「あー、そういえば? 汗かいたから先に入るべきだったか」
「料理引き継ぎます? その間にシャワーとか」
「あ、そうする。じゃあこれを……」
 彼から手順を教えてもらって、お魚を下拵えする。料理も彼の趣味とストレス解消法だから、必要最低限のことだけにしよ。
 とかやってたら彼が超速でお風呂を終えて出てきた。濡れた髪をタオルで拭きながらキッチンへやって来る。
「風邪ひくよ?」
「大丈夫だよ」
 彼はタオルを首にかけて、私の横に立った。
「あ、ごめん。洗濯物増えた。いま回ってる」
「ありがと、助かる。乾いたら畳んでおくよ」
「ん、ありがとう」
 バトンタッチして、彼に料理を仕上げてもらった。
 美味しい料理をいただきながら、今日の彼の体験談を聞く。
 釣りの話してるとき、ホントに楽しそう。ホントに好きなんだなー。
 いつもは冷静で大人な彼が少年のように瞳を輝かせる。好きなんだよなー、この笑顔。
 後片付けをしてお風呂入って……リビングに戻ったら、彼がテレビを視ながらウトウトしていた。
「おーい、風邪引くよー。ベッド行こー」
「んー」
 テレビを消して、グズる彼を支えながら寝室に移動する。
 ベッドに入った途端、彼は私を枕のように抱きしめて眠ってしまった。相当疲れが溜まっていたんだと思う。
 可愛いな。
 安心してくれるのはなによりなんだけれど、身動きがあまり取れないからちょっと不自由。
 だけどその、時折訪れる不自由さが、幸せでたまらないんだ。

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