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【短編小説】10/31『陽の当たらない場所』

「とりっくぉぁとりぃとー!」
 キャハハハハと笑い合う子供の声が聞こえる。
 今日は近所の商店街でハロウィンのイベントが行われる日。
 家の郵便ポストにチラシが入ってたから知ってるんだ。
 パパに行きたいっておねだりしたけどダメって言われた。
「太陽の光を浴びると火傷しちゃうだろ? キミは経験したことないけど、すごく痛いんだよ」
「包帯グルグル巻きで出るから大丈夫だよぉ」
「ヴァンパイアなのにミイラの仮装をするのかい?」
「ダメ?」
「うーん、パパはあまり賛成できないかなぁ」
 首を傾げるパパに、僕は唇を尖らせて見せるしかできなかった。パパは頑固なのだ。

 僕のパパとママはヴァンパイア。もちろん子供の僕もそう。
 ヴァンパイアにも色々なタイプがいる。
 一般的に弱点と言われている太陽の光や十字架、ニンニクに耐性がある、もっとも人間に近い種族。
 一部の人間のように太陽の光に弱く、ニンニクが苦手だけど命に関わるほどでもない種族。
 その種族の仲間たちは、昼間でも行動できるから人間と一緒に学校へ通ったり会社へ行ったり、普通にして暮らしてる。
 でも僕の一族は典型的なヴァンパイア族。十字架は生理的に怖いしニンニクの匂いを嗅ぐと倒れそうなくらい体調が悪くなるし、太陽の光は刺激が強過ぎて肌が焦げる。
 ちなみに、心臓に杭を打ち込まれるのが弱点なのはみんな一緒。そんなことされて死なない生き物なんて僕は知らない。
 自己治癒力が高いから、ぐっすり眠れば怪我も火傷も半日で治るんだけど……焦げるのは痛いし見た目もよろしくないしで、焦げないに越したことはないとパパとママは僕を家から出さないようにしてる。
 そんな状況だから、僕は昼間、外に出たことがない。
 学校は通信だし買い物はネットショップか夜も営業しているお店だけ。
 日当たりが悪い家を選ぶから家賃が少し安くなるし、夜はスーパーで売れ残った食材が値引きされているからお得だってママは喜んでるけど……僕は友達と昼間たくさん遊んでみたい。
 ヴァンパイア特別制度で普通の学校に分身であるロボットに通ってもらって通信教育を受けているから、休み時間はみんなとリモートで遊べる。けど僕自身がかけっこしたりカードゲームしたりはできない。
 夕方になれば太陽光が優しくなるから、少しの時間はみんなとリアルに遊べる。だけど……。
「夜に遊べるのなんて、夏祭りのときくらいだし……」
 しょんぼりしてたら、パパがため息をついた。
「……包帯グルグル巻きは息がしにくくなるし暑いから、別の仮装を考えよう」
「……! うん!」
 ママからもう使わないシーツを貰って、目と口を描いた。少しだけ穴を開けて中に入った僕はサングラスをして長袖長ズボンを履いて……オバケの仮装で外に出た。
「みんなぁ!」
 いつもリモートで遊んでるクラスメイトたちに声をかけた。
「おー! お前大丈夫なの⁈」
「シーツめくれなければ大丈夫!」
「中は長袖着てる?」
「長袖長ズボンで手袋してマスクしてサングラスして帽子かぶってる!」
「重装備じゃん!」
「暑くなったら言えよ! 日陰でジュース飲もうぜ!」
「そうそう、さっきお前の分も一緒に貰ったからさ!」
「そうなの?」
「イベント終わったらお前んち行って、貰った分分けようぜって話になってさ」
「いままでのお菓子も大人たちに説明して、お前の分も貰ってたんだ」
「えぇ! 嬉しい! ありがとう!」
「いいって。一緒に遊べるの嬉しいな!」
「うん!」
「お! あっちに参加証着けてる大人はっけーん!」
「行こうぜ!」
「うん!」
「せーの!」
「「「とりっくぉぁとりぃとー!」」」
 みんなの笑い声の中に、僕の笑い声が混ざって溶けて、太陽の光が標識の鏡に反射してキラキラ見えた。

 僕は今日、生まれて初めて太陽の下で友達と一緒に遊んだ。
 太陽は思ってたより熱くて眩しくて、でもとっても優しかった。

 陽が暮れてから、公園の日陰の中でやっとシーツを脱げた。少し冷えた風が気持ち良い。
「帽子とサングラスももういいんじゃね?」
「そうだね」
 みんなで今日のことを思い出して喋って、貰ったお菓子をみんなで山分けした。脱いだシーツに帽子とサングラスとお菓子をくるんで抱えながらバイバイして、家に帰った。
 パパとママが笑顔で迎えてくれて、パパと一緒にお風呂に入って、ママが作ってくれた夕ご飯を食べながら今日のことをパパとママに報告した。

 昼間のオバケになれるのは今日だけのトクベツ。
 明日からはまた、僕の代役ロボットに学校へ行ってもらって授業を受けて、ロボットにみんなと遊んでもらう。

 明日も明後日も、僕は毎日、陽が落ちるのを待っている。

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