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【短編小説】10/28『転生の才能』

 長いようで短かった人生が終わる。思い残すことは特にないが、仕事にしていた速記士としての記憶や技術を失うのは勿体無い気がする。まぁ十分に使いこなせたし、覚えるための努力と時間はペイされたかな。
 でももし次の人生があるのなら、今世で覚えた速記の技術を活かせる人生でありたい。

 と思っていた前世のころを唐突に思い出した。そりゃ人間一生分のアドバンテージがあれば同年代の人らよりできるはずだわ、魔法速記。

 ここは前世で生きていたのとは違う国、魔法が必修科目になっている世界線。
 各人に与えられたシンボルで、空中に魔法を発動するためのコマンドを書く。そのコマンドが速記士の時に使っていた符号と同じなのだ。ただの偶然だとは思うけど、こんなことある?
 通常使う言語の文字とは全然違うからみんな覚えるのに苦労をするのだけど、ワタシは何故かすぐに書くことができた。前世で覚えた速記の知識が残っていたのだ。と前世の記憶を思い出して理解した。
 前世で頑張ってくれたおかげで、ワタシは難しいといわれる組み合わせの魔法も簡単に発動できて進級、昇級試験も次々にクリア。学年で唯一の飛び級を果たした。
 天才だの神童だのともてはやされたが、天賦の才能というよりかは蓄積された知識の回顧に近いわけで……。もしこの先習得する予定の魔法速記に、前世で使っていたであろう速記術にはない符号が含まれていたらどうしよう。猛勉強すればなんとかなるだろうか。
 と心配していたけれど、それは杞憂に終わった。

 進級してから授業で習った魔法速記符号は、確かにそれまで使っていたものとは違っていたけれど、前世で使っていた速記の記憶で補うことができた。
 前世で暮らしていた世界の速記にはいくつかの種類があり、前世のワタシはその全ての種類を修得し、使いこなしていたよう。前世のワタシは、いまのワタシより努力家だったのだろうな。ありがたい話だ。
 ということで、上級魔法も特級魔法もあっさり覚えることができて、同級生の誰よりも早く就職先が決まってしまった。
 まだ学生の身分でゆったりのんびりしていたかった気もするけど……まぁ体力があるうちに難しい案件をこなせたほうが、あとの人生ラクになるか、と考えることにする。

 それにしても随分都合のいい世界に生まれ変わったもんだ、と、自室でベッドに寝転がり、自分の手を眺める。
 ベッドサイドテーブルに置いていた自分専用のペン型シンボルを持ち、空中に符号を書いた。
 文字列がポワッと光ってから集まり、光の粒になって拡散したら魔法が発動した合図。
 書いたコマンドの通り、一冊の本が空中に現れた。
 現物は国立図書館に保管されているけれど、許可があればいつでも魔法速記でデータを呼び出し、閲覧することができる。
 空中に浮かぶ資料をめくって、魔法速記の符号を見つめる。
 符号を書く時だけ手が勝手に動くというか、滑るというか、そういう感覚があるなとは思っていたけど、おそらくあれはワタシの身体の記憶なんだな。
 ワタシ自身が考えて書いているわけじゃなくて、手が覚えていて手が書いてるんだ。前世はきっと、たくさん勉強してたくさん書いて、たくさん愛していたんだな、速記というやつを。
 その恩恵にあずかれたワタシはとても幸福者だ。
 にしても、別の世界で使われていた言語がこの世界で魔法を発動するのに使える言語になるなんて、不思議だよなー。
 いまの世界と魔法速記を詠唱する時の言語は全く違うのだけど、そちらの発音も問題ないということは魔法速記と異世界の速記とは同じ種類の言語なのかもしれない。
 そういえば、魔法速記を発明した古代のヒトは、どこか違う世界から転移してきた放浪者だったという言い伝えがあるけど……まさかね。

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