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【短編小説】9/27『張り子の魚』

 あるところに釣りが得意な男がおったそうな。
 その男が住む村では流行り病が蔓延しており、男の家族も病に苦しんでおった。

* * *

「食いもん獲ってくるで、待っててな」
「すまないな、お前ばかりに……」
「いいんだ、休んでいでくれ」
 病に伏せた村人たちにも分け与えるため、男は竿と魚篭を持ち近くの池に向かった。そこは川から流れ込んだ水と魚が溜まる釣り場。
 いつものように平らな岩に腰をかけ、草むらで捕まえた虫を餌として釣り針に付け、糸を垂らした。

 いつか自分も流行り病に侵されるのだろうか。

 そんな不安を抱えながらあげた針先には、黄色い小さな魚がついていた。
「こんな小さな魚じゃ腹も満たされん……」
 針から外し池に放そうとして、男は気づく。その魚が、ハリボテで出来ているということに。
「水の中でも壊れんとは、よほど丈夫な作りの張り子だ」
 しかし欲しいのは本物の魚。ハリボテは水の中に投げ戻し、餌を付け替え針を池に放り込んだ。
 指先にコツリと感覚があり、竿を上げると先ほどのハリボテが釣れた。何度戻しても釣れる張り子の魚。これでは食料確保ができんとハリボテを懐に入れ、釣りを再開した。
 そうすると、いつもより大漁となった。
 魚籠いっぱいの魚を抱えて村に戻り、腹を空かせた村人に魚を振る舞った男は、取っておいた魚と張り子の魚を携え家に戻る。
 家族と飯を食う中、
「そうだ。おっとう、釣りをしてだとき、これを何度も釣ったじゃが、なんか知っとるがのぅ」
 男は懐から張り子の魚を出し、父親に見せた。
「おぉ、これは……!」
 父親は大層驚き、その張り子の魚を恭しく両手で受け取った。
「これは、この地域に伝わる、厄除けや疫病退散に効果があるという【お魚様】じゃ」
「おさかなさま……」
 そういえば、子供の頃に村の長老からそんな話を聞いたような……と男が首をかしげた。
「村長に報告して、村神様のお社に祀らせていただこう。きっと村神様も受け入れてくれることじゃろう」
 飯を食い終え、男は早速村長の家へ出向いた。村のために働く男を手厚く迎える村長に、男が【お魚様】を見せると、村長の母親である村の長老が驚き顔を見せた。
「おぉ、お魚様じゃないが。おめさん、ごれをどごで?」
「村はずれの池で、釣りをしてだら何回も釣れてきたんだ」
「そうがそうが。おめさんら、ごれを村神さんに説明して、お社に祀らせてもらいんせ」
「うちのおっとうもそやっで言ってだけ、お伺いに来ただ」
「そうけそうけ。おめは神主に声かけてこ。ワシらは先ぃ神社行って、神さんに事情をお話ししとくけ」
「あいよ、わがった。すぐ行くき、おっかを頼んだぞ」
「ん」
 男は長老と一緒に、村の中心に鎮座する、村唯一の神社へ行った。
 長老が柏手を打って祝詞を唱え、地域神への挨拶と訪ねてきた理由を説明した。男が隣で【お魚様】を掲げると、社の中に設置された祭壇の一角がぼんやりと光った。
「あちらに祀るようご許可いただいた。あどは神主に祈祷してもらっで、祀らせていただごう」
 村長が神主と共に神社に訪れると、連れてこられた巫女と共に神主が驚いた。
「あれま神様、ご無沙汰しておりますです」
 社殿の中で正座して、神主と巫女が頭を下げる。
 神主と巫女は祭神となにやら会話をして、長老と男に向き直った。
「お魚様をあちらに祀れば、この村の流行病を抑えてくださるそうだ」
「えっ」
「お魚様は、流行病が出るとどこからともなく現れて、疫病を食べてくださるそうです」
「疫病を……」
「くらう……」
「この村にはそのような人はいないと思いますが、お魚様のことは誰にも言わないでください。人間の都合で祭壇からおろしてしまうと、お魚様は住処に戻られてしまうようですので」
 巫女が得た御神託に、男と村長が息を飲んだ。
「ささ、お魚様をこちらに……」
 神主に促され、男はお魚様を祭壇の一角に祀った。
 その間、神主は祝詞を唱え、巫女が奉納の舞を捧げる。
 お魚様は祭壇同様ぼんやり光っていたが、祈祷が終わると同時に光が消えた。
「あどはお魚様にお任せしよう」
 長老の言葉に、みな頷いた。

 あの日以来、村人の間で【黄色い小魚】の噂が流れるようになった。
 流行病に罹っている人が眠っている間に、黄色い小魚が周囲の空中を泳いで、口をパクパクと動かしている、と。
 その魚が訪れた家の人間は徐々に回復していき、病は消え、元の通り仕事に励むことができた。
 男の家にもやってきたお魚様は、男が最初に見たときよりも二回りほど大きくなっていた。きっと各家庭で疫病を喰らい、大きくなったのだろう。

* * *

 そうして、丸々太ったお魚様が神社に鎮座した頃、村の疫病はキレイさっぱりなくなっておったとさ。
 めでてぇしめでてぇし。

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