見出し画像

【短編小説】12/8『ケーキとサリーと私と彼とボリウッド』

「え、いいの?」
「いいよ。子供の頃の夢だったんでしょ?」
「わぁい、嬉しい」
「プレゼントは他に用意してるから」
「なんだかすみません」
「いぃえぇ」
 ケーキを目の前に、私は瞳を輝かせる。
 彼が私の誕生日に用意してくれたホールケーキを、私一人で食べていいと言ってくれたのだ。
 大人になったいま、ちょっと奮発すればすぐ叶うような小さな夢だけど、人に叶えてもらえるのはなんだか嬉しい。
 ローソクを立て火を点けて、彼にお祝いの歌を歌ってもらってフーッと吹き消し、誕生日を寿(ことほ)ぐ。
 歳を重ねると誕生日が嬉しくなくなると聞いたことがあるけど、私は割と嬉しい。彼が一緒にお祝いしてくれるからかもしれない。
 美味しいディナーのあと、お待ちかねのケーキが登場。
「わーい、いただきまーす!」
 フォークを持ってホールケーキを突き崩しつつ食べる。うーん、美味しい。
 彼は嬉しそうにケーキを頬張る私を見て、嬉しそうに微笑んでくれてる。なんて幸せな誕生日!
 と思っていたのだけど。
 一般的な大きさの物よりはだいぶ小ぶりなホールケーキを、半分ほど食べたところで手が止まった。
 美味しさよりも甘さが際立ち、なにか箸休めが欲しい口になる。
「助けようか?」
「う、ごめん。お願い」
「りょーかい」
 彼が笑いながらフォークを持った。
「もしかして予想してた?」
「うん。だってそんなに大食漢じゃないの知ってるし」
「せっかくの機会なのに、すみません」
「いいよ、どんな味なのか気になってたから」
 笑いながら言って、彼がケーキを一口食べた。
「ん、美味しいわ」
「ここのケーキ、評判いいもん」
「みたいね」
 用意周到な彼のことだ。色々調べてこの店のケーキにしてくれたのだろう。
 それなのに私ときたら……。
「歳取ったなぁ……」
 小さい頃とはもう、内臓の頑丈さが違うのだと思い知った。あぁ、悲しい現実。いくらでも食べられると思ってたのになぁ。
「ねぇ」
「うん?」
「一応補足というか」
「うん」
「夕食、けっこうしっかり食べてるからね? 若い胃でも許容量越えてると思うよ?」
「……確かに」
 ケーキの前に、彼が買ったり作ったりしてくれた豪華なディナーをいただいた。ローストビーフに広東風の麻婆豆腐。ナッツたっぷりで食感が楽しいサラダと酸味の効いたチラシ寿司……。どれも私の好きなものばかり。だからいつもより多めに食べた。そのうえでのホールケーキだ。
 計算なんかできないけど、ハッと気づく。
「やばい、ダイエット」
「気が早いよ」
「でもカロリーやばくない?」
「じゃあ、明日から一緒にウォーキングでもする?」
「する。え、一緒にいいの?」
「俺だって気にはなるし」
「じゃあ明日は歩いて映画館行こうか」
「あぁ、そうね」
 明日は、制作中だと知ってからずっと観たいと思っていたインド映画の公開日。誕生日だからと彼が奮発して、プレミアムシートを予約してくれた。
「今日も楽しいけど明日も楽しみだな~」
「ホント好きね、インドの映画」
「だって観てるとウキウキするんだもん。前世であの地域に暮らしてたのかもしれない」
 それに、あなたと一緒だから楽しみなんだよ。って言おうとしたら、彼が言った。
「あぁ、カレーも好きだもんね」
「……確かに」
 あまり意識しないで言ったつもりだったけど、本当に前世はインドあたり地域に住んでたか、憧れを抱いていたのかもしれない。
「後片づけしたら、明日の洋服決めようかな」
「片づけは俺がするからいいけど……明日、サリーとか着ていかないよね」
「サリーか、いいな。でも寒いな」
「生地薄いもんね。明日の洋服、俺のもコーディネートしてよ」
 彼は【洋服】を強めに協調して依頼してきた。
「いいよ、洋服ね」
 私も同じように強調したら、彼が苦笑する。
 さすがに男性用のクルタは持ってないけど……部屋着にするのにいいかもな。今度通販で探してみよ。
 なんて考えながらモグモグしてたら、結局ケーキの大半も自分で平らげてしまった。
「ごめん、もっと食べたかったよね」
「食べたかったら言ってるから。気にしないで」
「うん。あぁ、美味しかった! ご馳走様!」
「おそまつさま。ほとんど買ってきたやつだけど」
「どれが美味しいだろうって選んでくれる気持ちが嬉しいんだよ。ホントに美味しかったし」
「なら良かった」
「腹ごなしに洋服見繕ってくる」
「ん。終わったら風呂入りな」
「ありがとう」
 彼氏というより親だな。
 小さく笑いながら寝室に入ってクローゼットを開けた。二人分のコーディネートは腕が鳴る。
 スマホで明日の天気や気温なんかを見ながら洋服を選んでいく。あぁ、楽しい。
 明日、予報通り晴れるといいな。
 彼と一緒なら、いつでも気持ちは晴れやかだけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?