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【短編小説】1/23『帽子の奥のその世界』

 掛け声とともにステッキでシルクハットを叩く。
「ワン、ツー、スリー!」
 コン。
 ここで鳩が出てくる……はずだった。
 えっ、なにこれ。
 出てきたのは小さい翼が生えた……ドラゴン?
 よくゲームなんかで見かける、お腹がぷっくりで身体がうろこに覆われている。でもサイズは小さくて、それこそチワワより小さい。
 客は驚きのあまり声も出せずにそのドラゴン(?)を見ている。
 それはオレも一緒。
 静まり返った劇場内に、ドラゴンが吐いた炎の音が鳴った。ゴー。
 その炎がキレイで、でも熱くて、ハッと我に返る。
 劇場出入口付近の上方に設えられたサブに目配せ。そしてステッキでドラゴンを指した。
【……♪ジャジャーン!】
 かなり遅れて鳴った“成功”の合図に、演出だと思ってくれたらしい客から一斉に歓声が沸いた。
 ビックリしたミニドラゴンはサッとシルクハットの中に隠れて、外をうかがっている。
『だ、だいじょうぶ、だから』
 こちらを見たドラゴンに小声で話しかけたら、ドラゴンは安心したように「キュー」と鳴いた。

「なにあれ、どういうこと? ロボットかなんか?」
「ひみつです」
「立体映像とかじゃないよね!? 透けてなかったもん!」
「ひみつです」
「いやー、すごいね! 世界に通用するマジシャンになれるんじゃない?」
「ひみ……いや、それはどうでしょう」
 楽屋に帰るや称賛されるオレ。
 でも正直戸惑っている。
 秘密もなにも、アレがどうやって出てきたのか、オレでさえ仕掛けを知らない。
 っていうかオレの仲間、どこいった?
 それが心配で急いで家に帰る。
 いままで丹精込めて育ててきた、シルクハットの中にいたはずの鳩たちや兎たちがいなくて、慌てて覗いたハットの中には、見知らぬ広大な土地が広がっていた。
 オレのポッポちゃんたちやウサちゃんたち、その謎の土地で迷ったりしてないかな?!
 涙目で開けた自宅のドア。メゾネットタイプの家の二階にある飼育部屋へ駆けあがったら、ハットの中で待機していた子たちはみんな、そこにいた。よかった、異世界転送されてなくて。
 安堵したらさっきのドラゴンのことも、幻だったんじゃないかって思えてくる。そうだ、きっと白昼夢を見てたんだ。そう考えるようにして仕事道具を片づけ始めた。
「あのぉ~」
「?!」
 定位置に置いたシルクハットから、人の手が出ている。
「そちら、いらっしゃいます~?」
 ひらひらと振られる人間の手。
「は、はい……います、が……」
「あぁ、よかった。ちょっと狭くて。引っ張っていただけませんかね?」
「えっ、え?!」
 見た感じ女性の手のようだ。声も女性のもの。でもなんでそんな、帽子の中から?
 でも振ってる手はちょっとつらそうで、思い切って掴んで引っ張った。
 ドゥルン! と音がしそうな勢いで出て来たのは、バニーガールの恰好をした女性だった。
「あぁー、初めまして、お邪魔します~」
 その人は、ハットの中に広がっていた異世界の人で、魔術師をしているらしい。
「ちょっと術に失敗して、あのお帽子に繋がっちゃったみたいで」
「はぁ」
「見ちゃってますよね、何人か、ドラゴン」
「そ、そうですね。もしかしたら映像も残ってるかも」
「いやー、ヤバいんです~。怒られます~」
「そう言われても」
「あのぉ、ここはひとつ、手を組みませんか」
 彼女が持ち掛けてきたのは、業務提携の契約だった。
 こちらの世界では当たり前になっている旧い手品でも、彼女の世界では目新しいらしい。
「こちらの世界では契約を結べば異世界と提携していいってなってまして、あなたの世界では異世界という存在はファンタジーですよね。なので、特に問題ないんじゃないかなーと」
「契約を結べば、あなたは怒られないんですか?」
「大目に見てもらえるんじゃないかと」
「こちらに不利にならない内容でしたら」
「あははっ、こちらのこの国の方は用心深い方が多いって聞いてましたけど、ほんとですねぇ」
 彼女は笑いながら言って、胸元から書類を取り出した。
 いつ出てきたのか、バニーちゃんの近くにはミニドラゴンが嬉しそうに浮いていた。

 契約を交わしたのは彼女が可愛いからとかでは決してなくて、異世界のマジック技術に興味があったから。ほんとにそれだけだから。

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