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【短編小説】8/31『おっちゃんと彼』

 意中の人にお呼ばれされて、ウキウキしながらとある駅に来た。待ち合わせの10分前に彼と合流。
「あっ、おはよう〜」
「おはよう。ごめんね、休みの日に」
「全然えぇよ、大丈夫。楽しそうやん、インテリアコーディネート」
「ツレの中でお前が一番センスあるな一と思って」
「やだ嬉しい〜」
 なんてデート気分で彼の新居まで歩く。
 古い空き家を格安で買って自分でリフォームしてるってハナシを聞いてたけど……。
「へぇ〜、思ってたより新しぃね」
「うん。買ったときはもっとボロボロだったんだけどね、新しく見えるなら良かったわ」
「床とか抜けてるゆぅてたからさ、もっとドエライの想像してた〜」
「でも中はまだこれからだからさ。あ、土足でいいよ。踏み抜かないように気をつけて入ってね」
「うん、ありがとぉ」
 彼に続いて屋内へ入る。
 確かに中はまだボロボロで、壁紙とか剥がれまくってる。
「先に外やらないと雨漏りヤバくて」
 彼の話を聞く視界の片すみでなにかが動いた。
 振り向いたら、壁にちっこいおっちゃんが張り付いてた。おっちゃんは私と目が合うと、気まずそうに苦笑して会釈した。
 え、待って? なにコレ。私そんなレーカンとかないけど。
 どんなけ見つめてもおっちゃんはおっちゃんのまま、その場所から動こうともしない。
「なに? なんかある?」
 立ち尽くす私に気づいて彼がやってきた。
「わー、ヤモリだ! 爬虫類苦手?」
 ヤモリ? いやいや、おっちゃんやん。え? 見えてへんの?
 ちっこいおっちゃんは口に指をあてて『シー』のポーズをした。黙っててほしいらしい。
「苦手ちゃうよ、全然」
「そう? ヤモリが出る家は縁起がいいってばーちゃんから聞いてたんだよね。自分ちで見るの初めてだわ」
 彼はウキウキしながらおっちゃんを眺める。照れ臭そうにしているおっちゃん。彼から見たらヤモリの形なんやろか。
「写真、撮ってもいい?」
「うん? いいんじゃない?」
 ポーチに入れたスマホを取り出して撮影……あれ。レンズ向けたら確かにヤモリや。
 撮影された写真もヤモリ。でも、私の目にはおっちゃんとして映ってる。なんで?
 彼から間取りの説明を受けていると、彼の電話が鳴った。
「ごめん、業者からだ」
「どぉぞ~」
 通話を始めた彼が、家から出ていく。
 いまや。
「なぁあんた、なんでおっちゃん?」
『そう見える人にはそう見えてるらしい』
「あ、喋れるんや」
『話しかけたんそっちやろ』
「そやけど……ヤモリのおばちゃんもおんの」
『おばちゃんもおるし、ニーちゃんネーちゃんもおるよ。おっちゃんはヤモリに生まれて長いからおっちゃんなだけ』
「なんで関西弁?」
『え? 関西の生まれやから。関東で生まれたら関東弁で喋るんちゃう? 知らんけど』
「マジでまんまおっちゃんやな」
『あんたも住むん? この家』
「あたしは住まんよ。ただ手伝いに来ただけ」
『なぁんや』
「なんでガッカリしてんのん」
『喋り相手できたー思たから』
「ヤモリの仲間と喋ったらええやろ」
『人間界に興味あんのよ』
「人間になりたいー、とか言わんとってよ?」
『人間にはなりたないけど、人間の生活に興味あんの。テレビーとか、スマホーとか、グルメーとか』
「グルメて……。人間が食べるもん食べられへんやろ」
『そやねんなー。味ついてるのはあかんのよなー』
「あんたの身体には毒やわ」
『そうなんよー。あ』
「え?」
 おっちゃんの目線の先を向いたら、彼が立っていた。
 やばい。ヤバい女や思われた。終わりや。
「え、誰と……え、ヤモリ? ヤモリと喋ってる⁈」
「あ、えと、ちゃうねん、これは……」
「いいなあぁぁ!」
「……はい?」
「俺さー、子供のころ毎年自由研究の題材にしてたくらい好きなの、ヤモリ。会話できたら、普段なにしてるとか全部わかるじゃん? 憧れてたんだよねー! ね、ね。通訳してくんない?」
「通訳……えぇけど……」
「マジで⁈ じゃあねぇ」
 彼はこれまでに見たことないくらいウキウキしながら私に質問を託した。
 ヤモリのおっちゃんは人間語を理解しているらしく、ただ喋る機能がないから喋れていないだけらしい。
 私とはテレパシーみたいなので通信してるとか。
 そんな能力あってもあんま嬉しないなぁって思ってたら、彼がめっちゃ食いついてきた。
「え、ちょっと、これから頻繁に来てほしいんだけど」
「えっ。ええけど……ええの?」
「大歓迎」
 予想外の理由で気に入られたことに戸惑って思わずヤモリのおっちゃんをみたら、おっちゃんはウインクして見せた。
 パッチーン☆ ちゃうねん。
「リフォーム案にヤモリが住みやすい環境も入れないと~」
 ウキウキする彼。
 ちょっとイメージと違ったけど、少年ぽいとこも可愛らしいし、ま、えっか。

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