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【短編小説】12/18『家獅子が守るモノ』

 不安になって三十分前にも確認したのに、また玄関のドアが施錠されているか不安になってドアを確認した。
 もちろん鍵はかかっていて、外から開けられる状態ではなかった。
 室内にいるときだったらすぐに確認できるけど、外出時だとそうはいかない。
 施錠したかどうかを確認できるキーホルダーも、うちの鍵の形状は対象外だった。
 ドアに手をかけ施錠を確認したら、背後から少し寂し気な声が聞こえてきた。
『あるじよ……そんなに何度も確認せんでも』
『そうですよ。私たちがお守りしますから』
 玄関脇のシューズボックス上に置いてあるシーサーの置物が口々に言う。
「そうなんですけどー」
『もう少し信じてくれてもいいではないか』
 ふたり一緒に乗せても手のひらに収まるくらい小さなシーサーの夫婦がこちらを見つめている。
「信じてないわけじゃないんですけどー」
 最初はただの置物だったけど【シーサーを覚醒させる方法】という、ネットで見かけた記事通りやってみたら、本当に覚醒したのだ。
「お手を煩わせるわけにもいかないなぁって思って」
『ワシらは家主を守るために存在しているのだから、気にしないでいい』
「ありがとうございます」
 最初喋りだしたときはシーサーたちの地元である沖縄の言葉を使っていたけれど、ネイティブすぎて解読することができず、方言を緩めてもらった。
 どこかから入って来る冷気に身震いが出る。
「そろそろマフラーと上着、出しますね」
『おぉ、そういえばそろそろ寒いかもな』
『毎年ありがとうね』
「いえ。玄関先は寒いですし……やっぱりリビング来ませんか?」
『有難いが、それでは危険があったときにすぐ対応できん』
 可愛いからいてもらってるのに、働かせるのは悪いというか……もっとゆっくりしてて欲しいんだけど……。シーサーの矜持があるんだろうな。
 近くにに置いてあるミニチュアクローゼットからシーサー用のマントとマフラーを取り出した。どちらも私の手作りだ。
 阿さんと吽さんそれぞれに着衣させたら、ふたりは嬉しそうに笑った。
『ここまでしてもらえるだけでありがたい。なぁ』
『ホントねぇ』
「この辺は沖縄と違って気温が低いので……」
 言いながら充電式のエコカイロもセットする。昼間は玄関脇にある窓から日差しが入って来て暖かいらしいが、夕方以降は冷えるのだ。
『うーん、暖かい』
『だらけてしまいそうだ』
「ゆっくりしてほしいんですよ。そもそも結界が張れる置き方ができてない時点で申し訳ないというか」
『覚醒のおかげで自在に動けるから気にしないで……』
 風もないのにドアがガタガタと音を立てた。更に鍵になにかを差し込み探る音がする。
『下がってなさい』
 緊迫した小声で阿さんが言った。
『念のため、警察に通報できるように』
 吽さんの言葉に何度かうなずいて、スマホを取りにリビングへ移動した。物音を立てないように廊下へ戻ろうとしたら、施錠していたはずのドアが開いた。
「……!」
 身を固くしたそのとき。
 目の前になにかフワフワしたものが立ちふさがった。
 見覚えのある色……シーサーのしっぽの色だ。
 私を守るように吽さんが廊下の幅いっぱいまで大きくなっている。
 その前で、同様に大きくなった阿さんがグルルル……と低く唸る。
 ドアを開け、侵入してきた何者かは阿さんを見て「ひっ!」と小さく悲鳴を上げ、こけつまろびつ逃げ出した。しかし阿さんはそれを許さず、飛び掛かって侵入者を手で押さえつけた。
「ら、ライオン……っ⁈」
『警察に連絡を』
「はっ!」
 吽さんに言われ、手にしたスマホで110番して警察に通報する。その間ずっと、阿さんは侵入者を踏みつけていた。
 警官二名が到着すると同時に阿さんと吽さんは元の大きさに戻って、シューズボックスの上に移動した。
「お巡りさん! ライオン! ライオンがいます!」
「なにを言っているんだ。幻覚でも見たのか?」
「踏まれて動けなかったんだよぉ」
 侵入者の言葉に警官たちは首を傾げる。
「あなた怪我は?」
「ないです」
「ライオンというのは?」
「えっ、いえ、よくわからないです……」
「薬物検査もしましょうか」
「そうだな。事情聴取をするのに、女性の警官が向かっています。少しお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
 まさかシーサーが助けてくれた、などと言えなくて、侵入者が勝手に転んで動けなくなった、ということにした。
「あんな技が使えるなんて……」
『言っていなかったか?』
 阿さんがとぼけたように言う。吽さんもただニコニコするばかり。
『だからって、安心しきってはダメよ? 戸締りはきちんとね』
「はい」
 明日、お礼に沖縄名物のお酒と食べ物を買ってこよう。ふたりにちゃんと休息を取ってもらえるよう、戸締りはきちんとして。

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