見出し画像

【短編小説】6/26『暗雲立ち込めたその後に』

 真っ黒な雲が急に頭上に迫ってきた。やばいやばい。絶対すごい雨になる。
 けれどここは田んぼの中の道っぱた。隠れられるような建物もなく、服の中にバッグを隠して家路を急ぐ。
 自分や服は濡れてもいいけど、バッグの中には濡れると困るものだらけ。特に電子機器。あれらが壊れたらすごい修理代かかる。ましてや蓄積されたデータが飛んだ日には世界が終わる。
 小走りに急いでいたのに雲の速さに負けてしまい、生ぬるい雨にドザーと打たれてる。
 したことないけど滝行ってこんな感じなんじゃね? ってくらい雨粒が痛い。向こうには晴れ間が見えるというのに、なんなんだこの気象現象は。
 なんて考えていたら、どこからか雷鳴が聞こえた。
 ドガーン‼
 すぐ近くで大きな音がして、地面がビリビリ痺れた。5m先の電柱に雷が落ちたらしい。
 こっ、こわ! もう少し近づいてたら自分にもなんか影響あったんじゃないの? こんなとこで雷雨に遭うもんじゃないな。
 走ると転びそうだし雨の勢いで視界も狭いから、ゆっくりかつ急ぎ足で家路を急ぐ。あんまり大差ないかもしれないけど、腰を曲げて姿勢を低くしていたら、落雷があった電柱のすぐそばに、なにかの塊が見えた。
 鳥かなにかが雷に打たれてしまったのかな……悲しい出来事……。
 なんだかしょんぼりしつつ横を通り過ぎようとして足が止まる。
 その【なにかの塊】がむくりと起き上がったから。
 生き物のカタチとしてはイタチやカワウソに似ているけど……初めて見るその生き物がどんな俗称で呼ばれているのかわからない。
 雷にビックリしたのか、きょとん顔で周囲をキョロキョロ見回してる。
 可愛いな、と思っていたら目が合った。
 楕円の顔に口角が上がった口元。怯えて潤むつぶらな瞳。
「なにもしないよ、大丈夫」
 雨に打たれつつしゃがんで、なるべく目線を合わせるように……あれ、合わせないほうがいいんだっけ。気が立ってる動物は視線を合わせると危険、みたいな。あれって猿とか犬とかだけ?
 視線を彷徨わせながら様子を伺っていたら、その生き物が「キュ!」と鳴いた。おいおい、鳴き声までカワイイとか反則じゃないか。
 雨の中トコトコ近寄ってきて、僕の靴や半袖から出た腕なんかをクンクン嗅いでる。犬や猫と同じ確認方法。
 イタチ(仮)はさんざん僕の匂いを確認して、「キュイ!」と嬉しそうに鳴いた。と思ったら足や腕を伝って肩に乗った。
「え、嘘でしょ。連れて帰れないよ?」
「キューイ!」
 僕の言葉を否定するようなその鳴き声、あのアニメのあの電気モンスターの受け答えに似ている……。そう、電気モンスターが駄々をこねるあの声に。
 雨も止みそうにないし、気の毒だから仕方なく連れて帰ることにした。
 さて、親になんて言おう。自分もまだ扶養されている身だというのに、種別もわからない生き物を飼いたいとか……。
 玄関の床に、自分から落ちた雫が水溜まりを作る。
「ただいまー。タオル欲しいー」
「おかえりー。なにー? タオルー?」居間の奥から母が出てきて「あら! 降られたの!」大変大変と言いながら居間に戻ってバスタオルを持ってきてくれた。
 さて、母になんて言おうかと考えつつタオルを受け取ったけど、母はなにも言ってこない。そこそこ大きな生き物が肩に乗っているのだけど……。
「キュイ!」
 イタチ(仮)もタオルを掴み、自分で自分の身体を拭く。
「お風呂セットするから、風邪ひかないうちに入っちゃいな」
「あの……」
「もう1枚いる?」
「見えない?」
「なにが」
 キョトンとする母に向かってキュイキュイ鳴くイタチ(仮)。あれ、これもしかしてファンタジーな展開のやつ?
 母が持ってきたカゴに濡れた服を脱げるだけ脱いで入れて、タオルを肩にかけ浴室へ向かう。いまも肩の上にいる生き物は、洗面所の鏡には映っていなかった。

「雷獣……」
 ベッドに横になりながらスマホで調べたら、そんな妖怪の総称を見つけた。雷獣? は「キュッキュ♪」と鳴きながら僕の腹の上で楽しそうに跳ねてる。
 重みとか触感もあるんだけど……妖怪ねぇ……。

 ただの可愛い生き物だと思っていたのに、どうやらこの雷獣、電気を喰うらしい。
 電気と言っても静電気。
 夏でもバチンとくるくらい静電気体質な僕が、冬になっても痛い思いをしないでいるのはライちゃんのおかげ。
 そう。可愛さにほだされて名前まで付けて、季節は巡り、出会ってから半年ほど経ったいまも一緒に暮らしてる。
 初対面のときにしつこく嗅いできたのは、静電気体質かどうかの確認作業だったよう。静電気体質な僕のそばなら食いっぱぐれないと察知してたみたい。
 相互利益な関係だから、ライちゃんの気が済むまで一緒にいようと思う。
「これからもよろしくね、ライちゃん」
「キューイ!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?