見出し画像

【短編小説】5/17『求愛ダンスは夢の中で』

 休日出勤な上に残業で疲れて帰ってきた夜、彼女を起こさないようそっと家に帰る。
 テーブルの上にお茶漬けセット。足りなかったら冷蔵庫におかずもあるってメモまで。なんだよ、最高か。
 早くプロポーズしたいんだけど、なんだかいつもタイミングを逃してしまって言えないままうやむやになる。こんな最高の人、他にいないと思ってるのに。
 もしかして彼女のほうは乗り気じゃなかったりするのかな。そんでいつもそれとなくはぐらかして……いや、そんなことできるタイプじゃないな。あれは天然で気づいてない。
 となると、ほのめかすくらいじゃダメだから、やっぱりちゃんと、正式にプロポーズしなくては……。
 なんて考えながらお湯を沸かす。電気ケトル沸くの早い。
 お皿の上から焼きおにぎりをひとつ、お椀に入れる。包丁で叩いてある種無し梅干しと刻み海苔、ゴマを乗せて、個包装された顆粒出汁をふりかけてお湯を注ぐ。
 いただきます、と口の中で呟いて、おにぎりを崩しながら流し込んだ。うぅ、染みる……。
 こんな至れり尽くせりでいいのだろうか、なんて時々不安になる。俺はこんなに尽くしてもらえるほど、彼女になにかできているだろうか。誠心誠意尽くしても足りてないんじゃないかって。
 あー、ダメだ。せっかく美味しいもの食べてるんだから、ネガティブなのはやめよう。
 いまはありがたく味わって、反省会はシャワー浴びながらでいいや。
 焼きおにぎり2個分のお茶漬けを味わって、食器を洗うためにキッチンへ行く。音で起こさないようにしてたんだけど、背後で気配がした。
「あ、おかえり……」
 寝ぼけ声の彼女が言う。
「ただいま。ごめん、起こしちゃった?」
「んーん? 喉乾いたから起きた」
 冷蔵庫から麦茶が入った冷水筒を取り出す彼女に、小さいグラスを渡した。
「ありがと」
 受け取って麦茶を飲む彼女。洗い物を再開する俺。
「いいよ、昼間洗うよ?」
「ほっとくと俺が気になるから。それも洗うよ」
「ありがとう」
 彼女が使い終えたグラスを受け取ったら、彼女はそのまま俺に抱きついてきた。
「濡れちゃうよ?」
「んー、いいよ、乾くし」
 彼女は俺が洗い物を終えるまで抱きついたままでいた。
「明日もお仕事?」
「いや、明日は予定通り、休み」
「そっか、良かった」
「シャワー浴びてから寝るから、先寝てていいよ」
「ん、じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
 トコトコ歩いて寝室に戻る彼女の背中を見送って、シャワーを浴びに浴室へ向かう。
 あぁー、やっぱり可愛いな俺の彼女。
 シャワーを浴びながらプロポーズのシミュレーションをしてみる。風水的に水場で予定立てるのはよくないってされてるみたいだけど、血流が良くなって頭が働きやすいからつい考えてしまう。
 サプライズで伝えるのがいいのか、なにげない日常の中で伝えるのがいいのか。彼女の好みと合うように、一生の記念になるように。
 考えながら身体を拭いて髪乾かして、寝間着を着て寝室へ。
 小さな寝息を立てて眠る彼女を起こさないようにベッドに入る。
 後ろからそっと抱き寄せて、俺もそのまま眠りの世界へ。

 突如始まったフラッシュモブ。どうやら俺が彼女に求婚するらしい。けれど彼女は終始ひきつった笑顔でそれを眺めている。
 そうか、彼女はこういうの苦手だったか、と考えながらも止めるわけにはいかず踊り続ける。
 振付終盤で彼女の前に跪いて、指輪のケースを開けた。
「△◎∠@∩●∑∫!」
 口から出たのは謎の言語。自分でもなに言ってるかわかんない。
 そしたら彼女が眉間にしわを寄せて、俺のことを平手打ちした。
「#$%&=*■○◇!」
 彼女から出た謎の言語の意味もわからない。ただ、怒らせてしまったことは確かだ。
 呆然とする俺とフラッシュモブの参加者さんたち。
 彼女は俺たちを残して、その場を去ってしまった。
 どうやら求婚は失敗に終わったようだ。

「うおっ!」
 勢いよく身体を起こしたら、身支度を整えていた彼女が驚いてこちらを見た。
「どうしたの、大丈夫?」
「うん、いや、なんか嫌な夢見てた」
「えー、どんな?」
「あー……内容忘れちゃってるわ。でも嫌だった」
「あるよねそういうの。わかる」
 頷く彼女越しに見た時計は朝の7時を示していた。昨日寝たのが夜中の1時過ぎだったから……うーん、ちょっと寝足りない。
「もうちょっと寝る?」
「どうしよう。もう起きる?」
「うん、朝ご飯作ろうかと」
「え、食べたい」
「できたら呼びにくるからそれまで横になってなよ。昨日遅かったんだし」
「ありがとう」
 お言葉に甘えてまた横になる。まどろみながら考えていたのは、彼女にどんなプロポーズするか、ってこと。あ、この言葉いいかも……でも多分……覚醒したら、忘れてるだr……zzz

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?