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【短編小説】8/22『想い出の町並み』

「精が出るねぇ」
「あ……はい」
 ミアノに声をかけられたモエアは、作業の手を止めた。ふたりの視線は作業台の上にあるジオラマへ注がれている。
「三ヶ月だったっけ、滞在期間」
「そうですね。滞在ってほど、地上にはいませんでしたけど……」
「そうなんだ」
「生命が住む星の記録は、初めてだったので……」
「あぁ……」
 少しの沈黙ののち、モエアがジオラマ作成に戻った。
「……綺麗だね」
「はい……」
 見本にしている写真は、モエアが出向した際にその土地土地で撮影した写真だった。
「……この地域は、稲作が盛んな土地だそうで……」
 ジオラマ内に作られた美しい棚田に、実際の田植え同様ミニチュアの苗をピンセットで植えていく。
「秋になったら、収穫した新米を……食べさせて、くれるって……」
 モエアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 ミアノはそっと、モエアの肩に手を置く。
 モエアは涙を拭おうともせず、強く拳を握りしめる。
「僕だけが、知ってて……逃げるみたいに……」
 モエアの声は、嗚咽に消された。
「……規則だからね。絶対に、教えてはいけないって……」
「あんなに、穏やかな……生活が……一瞬で……」
「……キミが行った国は、あの星でも特に平和で穏やかな地域が多い国だったようだよ。治安が悪かったり、紛争や飢餓がなくならない国もあったようだし、だから」
 ミアノが言いかけて、言葉を飲んだ。それが慰めの言葉にはならないと、思い直したから。
「……あまり根を詰めないようにね」
 ミアノが優しく声をかけ、調査室をあとにした。
 モエアは深く息を吸い、吐いた。
 モニターに映る景色と対峙して、ミニチュアの田植えを再開する。
 せめてあの美しい景色だけでも、蘇らせたいと――。

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