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【短編小説】12/30『モグリの電車』

 通勤で利用する電車がとある駅のホームに着くたび思い出す。
 昔、芸人さんが電車を擬人化させたコントやってたなぁって。

 対立関係にある銀色の電車と黄色の電車が同じ駅の同じホームに停車したところからコントが始まる。
 お互いがお互いの欠点を言い合い、貶し、自分の方が優れていると主張する。
 そのホームでは決着がつかず、二路線はホームで分かれて駅を出る。
 次に二路線が一緒に停車したホームは、先ほどの都心からは離れた下町地域。更に都心から離れてしまう行き先に肩を落とす……という内容だ。

 下町地域が悪いって訳じゃなく、コントのオチとしては対比がわかりやすくて選んだのだろう。

 あの二路線、なんだかんだ対立してるけど、結局は思ってることをなんでも言い合える良い関係なんだよね、きっと。
 だって毎日毎日同じ駅で嫌でも顔を合わせなきゃならなくて……似たような境遇で悲しい思いも共有してて……。
 そのコントに続編があったかどうかは覚えてないけど、もしあれからも関係が続いていたら盟友になってるんじゃないだろうか。
 いや、実際の電車に感情があるだなんて思ってはないんだけど、そう思わせるだけのリアリティがあのコントにはあると私は思う。

 芸人さんは本当にすごい。
 何をしても何を見ても心が動かなくなった時、何度テレビ越しに助けてもらったことか。
 辛くて毎日泣いていた時、たまたま点けたテレビで芸人さんのネタを見て口角が自然にあがった。
 私、笑えるようになったんだって少し安心した。
 憂鬱な日も、面白かった記憶をたどれば少しだけ気持ちが明るくなる。
 電車も私たちと同じように頑張って働いて、ライバルと切磋琢磨してるのかもって想像したら、自分も頑張ろうって思える。
 行きたくないのに行かねばならない場所へ向かう電車の中で、いまもまだ、この電車はあの電車を憎からず思いながら口論してるのかなって想像したら、なんだか楽しい気分になる。
 そして、少しあがった自分の口角を認識して、私はまだ大丈夫って、そう思える気がする。

 今日も駅名を告げる車内アナウンスを聞いてあのコントの冒頭部分を思い出し、小さく微笑みながらホームへ降り立つ。
 右に銀色、左に黄色の車両。
 あのコントのセリフが聞こえてきそう。ふふっ……っていけないいけない。
 “これから嫌な上司に会う”という事実から逃れたすぎて現実逃避してしまった。
 コント内でいがみ合っていた二路線が、いつか盟友になれるのだとしたら、あの嫌味な上司ともうまくやれるんじゃないかって……思えなくもなくもない。
 よし、今日も上司から嫌味言われても右から左受け流しつつ頑張るぞー!

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