【短編小説】1/30『合理的求婚』
彼はいわゆる“ケチ”だ。
遠く離れて付き合う私たちの交流は、毎日無料でできる3分間の通話だけ。
彼曰く、アプリを使った無制限の無料通話は「なんか違う」のだそう。
彼の出向初日から始まった時間制限付きの電話は、彼が仕事の都合でこちらに戻ってくるまでの3年間、毎日続いた。
彼がこちらに戻ってきた日、久しぶりに会って一緒に食事をすることになった。彼にしては奮発してくれた、高級レストラン。私も久しぶりに会えるからって、ここ数年で一番ってくらいおしゃれして行く。
「なんか痩せた?」
開口一番、彼が訝しげに言う。
「うん、痩せた。ダイエットした」
「あぁ、そうなんだ。それはお疲れ様」
あんたのためだよ、と思うけど言わない。きっと『そんなの頼んでない』とか言われてイラッとするから。
彼には行間というか余韻というか、そういう“察する”能力があまりない。付き合ってきて嫌ってほどわかったから、最近は全部言うようにしてる。
それでも気遣って言えないこともあるんだけど、彼はそんなのお構いなしだ。
なんで好きなんだろう、私。
3分間の電話中にも思った。3分しかないんだから、そんなのいいじゃん、って。とかく理由がハッキリしていないと気持ちが悪いんだそう。
友達に話すと高確率で『そんな気難しそうな人、私やだ』って言われる。うん、私もヤダ。でも好きなんだよなぁ。
目の前にいる彼をこっそり見つめて、胸の高鳴りを確認する。うん、好きだ。
二人で楽しくフルコース料理を堪能して、食後のデザートと彼はコーヒー、私は紅茶を楽しむ。
「そういえば、こっちで住む家、決まったの?」
「いや、まだ。別に社宅でもいいんだけど、家に帰ってまで会社付き合いするの、気が休まらないなあと思って」
「そっか。うちから近いとこだと助かるな。やっぱり毎日喋るのが3分だけだと、ちょっと」
「あー、うん、そうね」
彼はなにか奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「なに?」
「そっちのさ、更新っていつぐらいだっけ」
「来年の3月くらいかな?」
「あー、そっか。うん、そうだよね」
相変わらずハッキリしない、彼にしては珍しい回答。
「なに」
さっきよりもつい強い口調で聞いてしまう。彼の性格がうつってしまったみたいだと感じてこっそり反省していたら、彼が意を決したように口を開いた。
「……なんかさ、色々もったいないから、一緒に住まない? で、問題なければ、結婚、しよう」
久しぶりに会った上にせっかくのプロポーズなのにそんな言い方ある? って言いそうになったけど、彼の照れた顔に気付いて苦笑した。そうだ、こういう人だった。
時間を決めないで電話すると、切るタイミングがわからない、と付き合う前に言っていたし、無料通話を使おうっていうのも、きっと色々考えた末の妙案だったんだろうし。
「うん、そうだね。うち帰ったら、家探す?」
「うん。指輪も探すか」
まだそこまで承諾してないんだけど、まぁいいか。
窓の外に見える五分咲きの桜を見て嬉しそうにする彼を見て、私の顔もほころんだ。
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