【短編小説】5/26『ミリ単位の幸運』
家の中にパワースポットがある。その場所でスマホを使うと懸賞に当たったりする。ただ、位置がものすごく厳密で、1ミリでもズレるとなんの恩恵もない。
そのゾーンに入れるだけでもラッキーなんだけど、真のラッキーはそんなもんじゃない。
少額は電子マネーの1ポイントから、高額は数十万円のくじまで。
そのゾーンに陣取って購入、確認すれば外れなし。だから高額当選が狙える懸賞の結果を確認するときやくじを買うときは必ずそこでスマホを操作してる。とはいえ1ミリでもズレると効果がないから、高額金が当たった経験は1回しかなく、なかなかに難易度が高い。
前にバミったこともあったんだけど、外出して戻ったら床に貼ったテープは剥がれてた。ズルすんなよってことらしい。
誰が剥がしたかって……多分、幸運の女神? ということにしておく。不法侵入者より“不思議な力”のほうが安心できるから。
とにかく、この家の中にあるそのラッキーゾーンに入るとラッキーなことが起こる。
今日もラッキーゾーンにハマるべく、部屋の片隅でミリ単位の位置どりをしていた。
毎日挑戦できるラッキーくじ的な懸賞に何度か挑戦しながら位置調整。お、ここだ。
ハズレばかりだった結果が、1ポイントとかだけど連続で当たるようになった。
さて、そろそろ高額当選が可能なくじを購入するかー、とスマホを操作したところでメールが届いた。継続購入している数字選択式くじの当選結果が出たらしい。
そういえばそうだった。ここんとこ忙しくてうっかり忘れてた。
いそいそと専用アプリを開いて当選を確認。
閃いた数字の組み合わせ、数種類分を買ってるから一枚ずつ確認していく。
一枚目……ハズレ。あら、位置ずれたかな?
二枚目……お、900円当選! やったね。
最後三枚目……え? いちじゅうひゃくせんまん……。
金額の桁を数えても理解できなくて、もう一度確認する。
いちじゅうひゃくせんまん……ウソ……。
当選金額の横に書かれた当賞は『一等』。
もう働いて賃金を得なくても一生生きていけるくらいの金額が当選していた。
確かこの数字、このラッキーゾーンで購入手続きしたやつだ……。
信じられなくて暫く固まりながら混乱して、そうしてようやく嬉しさが込み上げてきた。
やっとラクできるんだって思ったら、涙が出てきて暫く止まらなかった。
数日後に振り込まれた当選金はネットで見たのと同額の桁。
それからまた少し後に、くじを発行している銀行から封筒が届いた。当選証明書と、当選した時の心構えが書かれた小冊子なんかが入っていた。
高額当選したらもっと広い家に引っ越してバイト辞めて贅沢三昧してー、なんて考えてたけど、実際にはバイトは辞めずに出勤日数を減らして続けてるし、家も引っ越さず同じとこで暮らしてる。
古くなった家電や家具は買い替えたから、生活は快適になった。
バイトを辞めなかったのは保険料や税金を自分で手続きして払うのが面倒だったのと、ただでさえインドアなのに無職になったらより家を出なくなって健康被害が出そうだったから。
引っ越さなかったのは、ラッキーゾーンを離れるのが嫌だったから。
くじはもう買ってないけど、高額当選するとあとで不幸になると言う都市伝説級の噂が自分の身に降りかかるのが怖くて、ラッキーゾーンがあるこの家を離れられなかった。
高額当選から一年経ったいまはというと、金銭的にも時間的にも体力的にも精神的にも、全てにおいて余裕ができてめっちゃ幸せ。
実際人生が狂ってしまった人もいるのかもだけど、いまのところは大丈夫。
当選したことは一部の長い付き合いがある友人にしかしてないから、ってのもあるかもしれない。それも、当選金を使って高級レストランに招待したとき、理由を聞かれて渋々教えたってだけで、こっちからは誰にも言わないようにした。自慢しても何の得もないし、なにかトラブルを呼び込む気がしたから。
そんな感じで、余裕ができた時間を使って、ずっと憧れてた絵画の勉強を始めた。
それまでは手が出なかった画材も余裕で買えるようになって、人生に彩りがでた。
これも全部、いまもたまに入って影響を受けてる(はずの)ラッキーゾーンのおかげだと思う。
この世の全てに感謝しながら、今日もラッキーゾーンに入って人生の幸運度をあげるとしよう。
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