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【短編小説】2/25『大人になれない私たち』

 娘からメッセージカード付きのプレゼントを貰った。こんなことは初めてで、少し戸惑っている。
【いつもありがとう】と書かれたそのカードを、贈られたお財布に入れた。

 ちょっと前までニートだった娘はいつも家の中にいた。大学卒業後、就職に失敗してしまったのだ。
 自室でなにかしているという感じもなく、ただ毎日を生きていた。
 そんなある日、どこかから貰ってきたらしい求人情報誌を手に帰ってきた。ほどなくして、週に何日かバイトをすることになったと報告された。
 入院中である私の母の見舞いに行って、なにか思うところがあったらしい。
 近所の雑貨店の店員だそうで、それなりに楽しくやっているよう。初めてのお給料で、私と旦那、母にプレゼントを買って贈ってくれた。
 旦那は感激して泣いてたけど、私は戸惑うばかりでお礼を言うのが精一杯だった。
 正直、時間に任せるしかないと思っていたのだけど……母は一体、どんなマジックを使ったのだろう。聞きたくても母は認知症を患っていて、娘である私のことももうあまり思い出せないみたいだ。
 お見舞いに行ったときそれとなく探ってみたけど、あの子がお見舞いに来たことも覚えていなかった。
 ただ、枕元に置かれた古い列車の模型を見る度、亡き父との思い出を嬉しそうに話し出す。
 その模型は、あの子が贈ったものだと看護師さんから聞いた。
「もしかして、おばあちゃんがおじいちゃんと駆け落ちしたって話、聞いた?」
 娘が休みの日に聞いてみたら、「うん」と頷いた。
「そっか。おばあちゃん、最近その話ばっかりしてるって」
「まずかった?」
「ううん? 毎日楽しそうに笑う日が増えて、好影響だってお医者さんが言ってた」
「そう。なら良かった」
「……ありがとね」
「ん?」
「プレゼント。ママとパパと、おばあちゃんにも」
「うん……いままで困らせてただろうし……」
「困ってたわけじゃないのよ。ただ、若い時間を有意義に使ってほしいなって。ママがわからないだけで、有意義だったならいいんだけど」
「うーん。ラクではあったけど、居心地がいいわけでもなかったかな。ママはいつも変わらず見守ってくれてたけど、パパが……」
「あぁ、ちょっとウザかったわよね」
「うん。腫れ物に触る、だっけ? そんな感じあった」
「一人娘だからねー。色々モヤモヤ悩んでたわよ。自分で気づいて動いてくれるわよって言ったんだけど……ほら、パパ頑固だから」
「そっか、そうだったんだ。まぁ、いまだけかもしれないから……」
 自信を失いそうな娘に笑いかける。
「そのうちやりたいこと見つかるから、パパが働けてるうちは大丈夫よ」
 娘にかけた言葉で、私の気持ちも軽くなる。
 そうそう。娘だけじゃなく私も、そのうちやりたいことがきっと見つかる。沈んでばかりじゃいられない。
「……見つかったら、相談してもいい?」
「もちろん! ママもなにか相談するかも」
「うん」
 二人でふふっと笑う。やっぱり娘、可愛いわー。
「ママそろそろお買い物行こうかな。食べたいものある?」
「うーん、あんまりない」
「もー、じゃあなにが出ても文句言わないでね」
「言ってないでしょ、最近は」
「そういやそうか」
 行ってきますと告げて家を出て、近所のスーパーで買い物を済ます。
 使うのは贈られたお財布。娘がバイト先の雑貨屋さんで買ってくれたもの。その中には【いつもありがとう】と書かれたカードが二枚。
 あの子は覚えてないだろうけど、二枚のうち一枚はあの子が幼稚園生のときに書いてくれたカードだ。
 いつまで経っても変わらないのが安心だったりもするけど、そろそろ大人にならないとね、あの子も、私も。

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