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【短編小説】6/28『パフェ専門店 懐想-KAISOU-』

 パフェってあんまり食べないなー。って考えながら歩いていたら、ちょうどいいところに喫茶店があった。半地下の物件だから見つけにくいけど、そこがいい。
 階段上の道路に置かれた看板には“パフェ専門店”の文字。なんておあつらえ向き。
 こないだ給料も出たし、たまにはいいかと入店する。
 席についてメニューを広げて、(しまった)と入店を後悔した。外観からはわからなかったが、“メニュー名が凝ってる店”だったとは。

 【大きな海原に浮かぶ木片】
 【超高層ビルのてっぺんで】
 【静かな森の奥で出会ったのは】
 【ふさふさの犬のお腹にうずもれる】

 メニュー名の横に写真、下にパフェの説明が書かれているから味は想像つくけど……これ、メニュー名ちゃんと言わないとオーダー通らないかなぁ。
 なにも食べずに出るわけにはいかず、店員さんを呼んだ。
「えっと、このパフェと、コーヒーをホットで」
「かしこまりました」
 あぁ良かった。指さしただけで済んだ。
 辱めを受けるかも、という心配からのソワソワが消えて、ようやく店内をゆっくり眺める。
 昼間だというのに薄暗い店内。窓の外、下半分が地面に隠れ、上半分から道路を行きかう人の足元が見える。
 天井からは大きな電球が照明器具として吊るされている。確かこれ、イカ釣り漁の船に吊るすやつだ。確かにちょっと、船に乗って夜釣りに出ているような雰囲気かも。
 椅子の座り心地も、角が丸くなった木のテーブルも、時間がゆったり流れる空気感も、すべてが心地いい。うっかりしたら眠ってしまいそうだ。
「お待たせいたしました。こちら、【ふさふさの犬のお腹にうずもれる】でございます」
 平皿の上に乗せられたパフェグラスが目の前に置かれる。グラスの中にはチョコとラズベリーのパフェ。
 見た目は全然【ふさふさの犬のお腹にうずもれる】感じではないけれど……どういう感性を持つと、こんなネーミングセンスになるのだろう。
 手を合わせて小さく「いただきます」と言って、パフェスプーンを手に取った。ひとすくい分を口に運ぶ。
 うん、うまい。チョコの甘さとラズベリーの甘酸っぱさが相まっ……え?
 パフェの味を感じると同時に、周囲の景色が一変した。
 なにこれ、草原?
 根本から先端にかけて薄茶色から焦げ茶色のグラデーションがかかった、長い草のようなものが周囲を埋め尽くしてる。
 いや、この匂い、なんだか懐かしい。これは……思い出してハッとする。
「【ふさふさの犬のお腹にうずもれる】……!」
 声を出したら、パフェの風味が口から抜けた。同時に周囲の光景が消えて、元の店内に戻る。
 カウンターの向こうで店主っぽい男性が、こちらを見て嬉しそうに微笑んでいる。
 どういう仕組みなのか聞きたいけど、仕掛けを知ってしまったら楽しさが半減してしまうかもしれない。
 ちょっとしたジレンマを抱えたが、マジックだってタネを知らずにいたほうが純粋に楽しめるのだから、それに倣うことにした。
 また別の角度からスプーンでひとすくい。今度はラズベリーが多めのフルーティーな味わい。
 周囲にはさっきと同じ、薄茶色から焦げ茶色へのグラデーション。耳を澄ますとどこからか寝息が聞こえてる。心なしか足元もゆっくり上下している気がする。
 この色合い、寝息、毛の長さに覚えがある。
 小さい頃、家で飼っていたジョンのお腹だ。
 ゴールデンレトリバーの、とても賢いコだった。横になるジョンのお腹に顔を沈めて匂いを嗅ぐのが好きだった。いつかもっと小さい身体になって、このお腹に寝転んでみたい。そう思っていた。
 それがいま、現実に……!
 パフェの味を感じている間に、周囲の毛を触ってみる。この滑らかさとしなやかさ、あぁ……! 思わず抱きしめ、頬ずりする。
 パフェを食べ終わるまでの間、あの頃の懐かしい思い出と、大好きな愛犬のことを思い出して、知らぬうちに涙がこぼれていた。
 あと少しでグラスがカラになる。惜しい気持ちもあるけれど、少し足りないくらいが丁度いい。
 パフェの味と、ジョンとの懐かしく大切な思い出を胸に「ほう」と息を吐いたら、周囲が店内の景色に戻った。
 あとから出されたコーヒーのほろ苦さが、パフェの甘さと先ほどまでの光景を洗い流す。しかし、それによってより鮮明に脳内に焼き付き、定着した。
 他のパフェもいまのと同じようになにか追体験ができるのだろうか。それとも、まだ未体験のことが待っているとか……?
 さすがに二杯目を食べるほどお腹の余裕はなくて、泣く泣く諦め店を出た。料金もちょっと贅沢なパフェくらいだし、店主や店内の雰囲気も良くてすっかり気に入ってしまった。
 また必ず来ようと決めて、スマホのマップ上にしるしをつけた。
 全メニューを食べるまで、こまめに通うつもりだ。

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