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【短編小説】11/24『よみがえる想ひ出横丁』

 満月の夜にだけよみがえるその商店街は、【想ひ出横丁】という――。

 帰宅途中にちょっと寄り道をして、とある商店街を通った。店の九割が閉店している、いわゆる【シャッター通り】だった。
 アーチ状の看板も日焼けして色落ちしてるし、夜間でもネオンが光ることはない。
 近所の人の通り道になっているのか、等間隔に並んでいる街灯が細い光を放っていて、真っ暗なわけではないが寂れていることに変わりはない。
 賑やかだったころの商店街を知っているわけじゃないけれど、両脇に並ぶ店が全部開いている状態を想像すると、その活気の良さが伝わってくるようだ。
 いくつか開いている店も客がいるわけではない。建物の二階部分が住居になっているらしく、古くから土地を所有していて賃料を払う必要がないから営むことができているんだろう。
 新しく入店したテナントもいくつかあるっぽいが、路地裏にある小さなスーパーのほうが繁盛しているように見える。
 個人商店が大型スーパーに負けてしまうなんてことは全国どこにでもあるようだし、ずっと変わらず続けていくのは難しいのだろう。
 割と長い商店街を歩いている途中で、シャッターに貼られたポスターが目に入った。
 【満月祭】と銘打たれたイベントが商店街で行われるらしい。
 そういえばもうそろそろ満月だ。
 開催日は【満月の日】、開催時間は【月の出から月の入りまで】と曖昧に書かれている。昼間に月が出ていたら、その時刻にも開催するという意味なんだろうけれど……店の人はそれをいちいち確認して【満月祭】を開催しないとならないのか、大変だな。
 片手で数えられるほどしか店舗がない商店街の祭りがどんなものなのか。なんとなく気になって、満月の日に商店街へ出向いてみた。
 商店街が近づくにつれ、人が増えている気がする。もしやみんな満月祭に参加する予定か? と周囲を見ながら歩いていたら……「あっ」。
 先日来た時には暗いままだったアーチ状の看板が煌々と光っている。
 人が満ちた道の両脇ですべての店が開き、店頭で店の人が呼び込みをしている。
 魚屋の店頭には新鮮な魚介類が並び、肉屋はショーケース内の肉以外に揚げ物を店頭で販売中。
 花屋の店先、大きなブリキのバケツの中にキラキラと音を立てるように光る花が生けられていた。
『綺麗でしょ。これね、星の花って言うの。手で覆ってみて? 中で光るから』
「わ……蛍みたい」
『そうなのよ。満月祭でもなかなか出せない貴重品よ?』
「じゃあ、一束ください」
『はい、ありがとう』
 そっと渡された花束は儚くて、粗雑に扱ったら砕け散ってしまいそうだ。
 夜が更けて、空が白々と明るくなるころ、店の人たちが店頭に並び始めた。
「では、そろそろ月入りのお時間となりますので、今月の満月祭は終了いたします!」
『「『ありがとうございましたー!』」』
 ワーッとあがる歓声と拍手の中、九割の店頭がフッと消えた。そこにあるのは元の【シャッター通り】。開いている店舗は全体の一割ほど。それももう、店じまいの支度を始めている。
「……え」
 驚くワタシを避けるように、集まっていた人たちが三々五々散っていく。
「あれ、あなた満月祭に参加するの初めて?」
 道のゴミや落とし物を拾いながらやってきたおじさんに声をかけられた。
「あ、はい……」
「そぉ。ここは【想ひ出横丁】って言ってね。満月の夜に思い出がよみがえるんだよ」
「思い出が……」
「あ、でも買った商品はちゃんと残るからね? なんか買った?」
「はい。綺麗だったので花束を」
「お、それ今日の目玉商品だね。星の花。綺麗でしょ」
 薄明のもとで光る花は、さきほどよりも弱々しい。
「暗闇だとちゃんと光るから安心してね。毎日お水換えてれば、一ヶ月くらい保つよ」
「お店の人たちは」
「幽霊……っていうと、あんまり聞こえ良くないかもしれないけど、ここがかつて盛んな商店街だったころを懐かしんでる人たち、って感じかな? ほら、あんま遅くなんないうちに帰んなね」
 ぼんやり立ち尽くすワタシの肩をポンと叩いて、おじさんが道の清掃を再開する。
「て、手伝っても、いいですか」
「いいの? 助かる」
 腰にぶら下げた、もう一本のゴミ拾い用トングを貸してくれた。
 この道を、商店街を、綺麗にしたい気持ちになったのだ。
 あと……。
「おじさん? おじさんは生きてる人。あっこのお味噌屋さんの店主」
「あぁ、良かった……」
「あなた、お人よしって言われない?」
「たまぁに」
「だよね」
 おじさんが笑う。
「今度また昼間来るので、美味しいお味噌、教えてください」
「大歓迎。試食たくさんさしてあげる」
「楽しみです」
 閑散とした商店街でおじさんと二人、道路を清掃する。

 先人の大事な思い出は、人から人へ、受け継がれていく。

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