【短編小説】6/17『ニュースの時間』
バイトから帰ってきて、気力があるうちにシャワーを浴びた。一般的な時間より早くに夕食の支度をしながら点けたテレビは、どこの局もニュース番組ばかり。
疲れてるときに凄惨な事件のニュースを聞くのはキツイ。
いつものようにアニメか教育番組に切り替えようと思ったら、有名な男性歌手が意識不明で入院しているというニュースが流れた。
病院前に集まる報道陣とファンの人たち。そして、入院しているという“有名歌手”が画面に映る。
有名歌手はカメラに向かって手を振ったり口を動かしてアピールするけど、すぐ後ろにいるレポーターは気にも留めない。スタジオの進行役も彼の行動に触れることなく、そのままそのニュースが終わった。
テレビ越しでもわかる半透明なその姿。“霊感がある人”じゃないと見えない存在。関わるのは得策じゃないけれど……どうしても気になって後日、病院へ行ってみた。
病院前にはまばらな報道陣。そして彼のファンと思しき人たちが数名、心配そうに胸の前で指を組んで祈ったりしている。
随分愛されているんだな、と思って見ていたら、祈りを捧げられている本人がファンの人たちに話かけてた。けど、誰も反応しない。やっぱりみんなには見えてない。
彼の背中から細い紐が出て病院の方向に伸びてる。多分、身体と繋がっている魂の紐だ。幽霊になってるわけじゃなく、魂だけで行動してるんだ。
会話するために誰もいないとこまで来てもらうには……と半透明な彼を見つめつつ思案していたら、その視線に彼が気づいた。
『もしかしてあんた、俺が見えんの?』その問いに、ここでは答えられない。私が変な人になってしまう。『なあ。ねぇって!』
目の前で訴える彼に見えるよう、路地裏を指さした。そしてその方向へ歩き出す。どうやら意図に気づいてくれたようで、あとを着いて来てくれた。
『やっと会話できる人に会えたー! みんな俺のこと無視すんだよ』
「無視ではなく、見えないだけ、かと」
『……やっぱ俺、死んじゃった?』
「いえ、意識不明の重体で、あの病院に入院なされてるとか」
『あ、そうなんだ』
「病室に行けば、ご自身の姿を確認できると思いますよ」
その提案に彼は難色を示した。痛そうなの見るのが苦手、なんだとか。
「でも、あんまりそのままウロウロしてると、戻れなくなっちゃうかもですよ」
『そう言われても、戻り方がわかんないんだよね』
私もただ姿が見えるってだけで、戻り方まではわからない。そう伝えたら、彼は肩を落とし少し考えて、
『ねぇ、俺のこと、連れてってくれない? 病室まで』
私に言った。
芸能人のお見舞いに行けるような立場じゃないと断ったけど、マネジャーさんを説得するための“秘密”を教えるから、と土下座されて、渋々承諾した。
事情を伝えたらマネジャーさんにはしっかり怪しまれたけど、彼らしか知り得ない情報を伝えたからなんらかの関係者であると認識してくれ、私を病室に入れてくれた。もちろん隣に彼もいる。
『うわ……』
彼はベッドに横たわる自分の姿を見て顔をしかめた。
包帯に巻かれた手足や頭部、身体に繋がれた様々なコード。面会謝絶や集中治療室じゃないにせよ、大きな事故だったと容易に想像できる。
『いま戻ったら、痛いかな』
「そうかも」
普通に会話してしまったら、マネジャーさんがこちらを見た。
「戻ったら痛み感じるかな、と」
「あぁ、言いそう。ほんとにいるんですか」
「私には見えてます」
「なるほど……」
マネジャーさんは困惑しつつも、私の言うことを信じてくれたみたいだ。
神妙な顔つきの彼が、私に伝言する。
「どうにかして戻るから、少し待っててほしい、だそうです」
どうやら自分なりに試行錯誤して身体に戻るつもりらしい。
多分もう私の出る幕はないと思うけど、マネジャーさんに懇願されて連絡先を渡すことになった。
身体に戻ったら魂の経験、忘れるんじゃないかなと思ってたけど、マネジャーさんの説明で思い出したらしく、意識が戻ったあとに彼が連絡をくれた。
手助けなんて全然してないけど、意識が戻るキッカケを作れたのならよかった。
リハビリも順調に進み、医師も驚くほどの回復力で無事復帰した彼から復活ライブに招待してもらった。
人生で初めてライブ会場に足を運ぶ。ファンの人たちの嬉しそうな顔と歓声に包まれて、彼は輝いていた。
ライブ終了後に案内された楽屋で会った彼は、もう半透明じゃなかった。声もちゃんと聞こえるし、握手もできた。
「本当に世話になった。ありがとう」
「いえ、こんなすごいライブができる方のお手伝いができて、良かったです」
後遺症もなく、元気そうでなにより。
たまにはニュース視るのも大事だなぁ。と思いつつ、私は今日も子供向け番組を視ながら夕方の時間を過ごしている。
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