【短編小説】8/25『在りし日の袋麺』
(おっ、新製品……!)
スーパーの陳列棚に見知らぬ顔(パッケージ)を見つけてニヤリ。
とりあえず2個、かごへ入れる。
僕の日課はスーパーとコンビニの【乾麺】棚をパトロールすること。
僕の趣味である“即席袋麺のパッケージ収集”のための活動だ。
1個は袋麺に入ってる具材と調味料だけで調理して、写真撮影と味のレビューを書く。もう1個は手軽に買える食材を足してアレンジし、撮影とレビューを。
それらを編集し作った記事を、僕こと【ラーメンおじさん】のブログで紹介する。
けっこう人気があって、アクセス数は上々。
紹介した製品が買えるアフィリエイトリンクも経由してくれる人が多くて、次の新製品を買うための資金になっている。
ブログのコメント欄はクローズしてるけど(打たれ弱いかららしい)、たまにメッセージで新製品情報とか地域限定商品情報とかを貰うと嬉しい。
本当はカップ麺もコレクションしたかったけど、あまりにかさばるので断念したとか。袋麺と同じように記事は残されているけど、実物はよほど気に入ったらしい数個しかなかった。
僕に巨万の富があれば博物館とか作るのに。あ、でも著作権とかややこしいのだろうか。入場料とらなきゃセーフかな。
どの道、巨万と言えるほどの富は調べた限り持ち合わせていないから、そんなことで気を揉んでも仕方ないのだが。
調理するとき丁寧に開けた袋は、更に丁寧に開いて内側を綺麗に拭き、クリアファイルで保管するのが“ラーメンおじさん流”と読んだので、それに従っている。確かにこの保管方法は気持ちがいい。
収集歴はだいぶ長いようで、ファイルもまぁまぁの冊数ある。
記事を書き終えたあとは、晩酌がてらコレクションを眺めてニヤニヤしながら酒をちびちび。我ながら、悪くない趣味だと思う。
僕がデザインに長けていたら、架空のラーメンのパッケージとか描いて公開したかったそうだが、残念ながらセンスがなくて無理だったみたい。
洗練されたデザインを見つけると嬉しくて仕方ないのは、それが起因になってるんだろう。
晩酌を終え、クリアファイルを棚に戻した。
記事の投稿予約をしたついでに、過去の記事を読み返してみる。
始まりはだいぶ前。ブログというシステムが一般的に普及し始めたという頃のこと。
なにかしらのネタでブログを書いてみたい、と思っていたらしい僕は、子供の頃からの趣味だったらしい袋麺のパッケージを紹介するブログを立ち上げたようだ。
開設当初に持っていたのはパッケージだけで、中身は当然の如く食べてしまっていた。だからそれ以降に購入したときは、価格やメーカー、買った日なんかのデータと味に関するメモを貼り付けてファイリングするようにした。
その情報も併せてブログで紹介したところ、好評を得た様子。
知名度も上がり、アクセス数が伸びてきたころ、更新がパタリと途絶えた。
僕が記憶をなくして、保護される少し前のこと。
僕は気づいたらどこかの海辺にいて、なにをしたらいいかわからないまま彷徨っていた。誰かが呼んだらしいお巡りさんに声をかけられて気づく。
僕は、誰だ――。
たすき掛けにしていたボディバッグの中に携帯電話と財布が入っていて、連絡先と身分証で身元確認できた。お巡りさんに免許証を見せられ、僕は僕の名前を“知った”。
免許証に貼られた写真はなんだかおっさんで、本当に自分か疑わしかった。鏡を見せられ、その写真と同じ顔だったときのショックたるや。
僕が失踪したと恋人から聞いた家族が捜索願を出していたようで、入院されられた病院の一室で僕の“両親”と対面した。
初めて会うというのに、その人たちは泣いていた。申し訳ないが全く思い出せない。
身体は回復したけど、失った記憶が戻ることはなかった。
社会復帰するにも、それまでにしていた仕事の記憶がない。幸いどこかの企業で働いていて、しばらく休んでいても大丈夫なくらいの蓄えがあった。
備えあれば患いなし、とはこのことだな。いや、患いはあるんだけども……。
見知らぬ自宅に戻り日常生活にも慣れたころ、“恋人”から知らされて自分のブログの存在を知った。我ながら面白い着眼点だと思った。
ブログで紹介されていた袋麺の、現存している商品を買い求め、作って食べてみた。
フラッシュバックしたのは、当時の僕の記憶らしき風景。
【思い出す】という感覚は新鮮な体験だった。
それからしばらくは紹介していた袋麺の回顧録を、当時の状況と共に紹介していた。
戻って来た記憶はほんのわずか。
それ以降は新商品の袋麺を紹介するブログに変化していった。
なくした過去の記憶は取り戻せないかもしれないけれど、なんにせよ、楽しい趣味を見つけることができて良かったと思ってる。
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