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【短編小説】12/10『熱に浮かされて』

 熱で熱くなった口内に、冷えたヨーグルトがトロリと気持ちいい。
「んまい……」
「そう、良かった」
 少し離れた場所で、彼が安心したように微笑んだ。
 熱を出して寝込むなんて久しぶりで、前の時はどう対処したか覚えてない。
 とりあえず今は、冷えたヨーグルトとアロエが美味しい。液状のものが体内を通っていくのがわかるくらい、体内が熱いらしい。
 風邪なんてもう何年振りにひいただろうか。覚えてないくらい過去のこと――ということしか記憶にない。
 ……なんだかさっきから同じことを考えてる気がする。頭がぼんやりしているらしい。
 マスクを外した状態で喋るのは気が引けて、ヨーグルトを全部食べ終え、マスクを装着してから彼にお礼を言った。
「ありがとう、美味しかった」
「食欲あって良かった。薬飲んで、熱も測ってね」
「うん」
 うつすといけないので接触は最低限、会話も最低限。単なる風邪だけど、年末の忙しい時期にひくとはけしからん、私の身体。
 彼が用意してくれたお水で薬を飲んで、体温計を脇に挟む。おでこに貼った冷却シートも交換。検温が終わったら窓開けて換気しなきゃ……と考えながら、うつらうつらする……――――――……ハッと気づいたら脇から体温計が消えていて、枕元に置いてあったはずのヨーグルトの空き容器やスプーンもなくなっていた。
「あ、起きた? 熱ちょっと下がってたけど、もう少し寝てたほうが良さそうだよ」
 こちらに来ようとする彼を手で制す。
「あんま、近づかないほうが……」
「いいって別に。俺も予防とか対策とかしてるから。こういうときくらいお世話させてよ」
「うー……」
 嬉しいやら申し訳ないやら嬉しいやらで涙が出てきた。
「もー、泣かないでいいよ。大丈夫だから」
 彼が近づいてきて、頭を撫でる。けどその手も制す。
「洗ってないからぁ」
「いーって。風邪よくなったら一緒に入って洗うから」
「ぅぁー」
 子供みたいに泣く私を見て、彼が笑った。
「なんで笑うのぉー」
「幼児返りしちゃったから」
「うー」
「熱があるから感情の上下が激しくなってるんだよ。もうちょっと寝よう」
 彼が優しく頭を撫でる。
 熱で敏感になっていて肌がチリチリするのに、彼の手は心地いい。

 彼は私が眠るまで、優しく頭を撫で続けてくれた。

 ぐっすり眠って目が覚めたら、お腹がグゥッと鳴った。胃が動き始めてるみたい。
「あ、おはよう。起きれる?」
 朝の身支度をしながら彼が言った。
「うん」
「もっかい熱測ってみて。枕元に体温計あるから」
「うん」
 もぞもぞと動いて脇に体温計を挟んだ。夕べよりは視界も思考もクリアで、熱に浮かされている感覚も薄れている。
 計測が終わるのを待つ間にも、お腹はグゥグゥ鳴り続けている。
 昨日まで全然食欲なかったのになぁ。アロエヨーグルトで腸内環境良くなったのかな?
 アラームに似た電子音が鳴って、測定が終わったことを報せた。
「どれ? お、下がってるね。6度8分」
 それでも平熱よりはまだ高いけど、だいぶマシになった。
 彼が体温計をケースに入れながら、私の腹部を見た。
「お腹鳴ってる。減った?」
「うん、減ったっぽい」
「なんか作るよ。お粥かおじやか……うどんもあるな」
「味のついたお米が食べたい」
「じゃあ卵入れておじやにしよっか」
「うん。ありがとう」
 厚手のカーディガンを羽織ってベッドから出て、リビングのこたつに移動した。
 彼は鼻歌を歌いながらキッチンで作業してる。
「はい、お待たせー」
 彼が小さな土鍋を乗せたトレイを運ぶ。
「わ、美味しそう」
「俺も同じのするから、先食べてて」
「わーい、いただきます」
 こたつに入りながらおじやを食べていると、子供の頃を思い出す。
 小さい頃は身体が丈夫じゃなくて、良く風邪をひいてはお母さんにおじやを作ってもらっていた。卵を入れてお醤油で味付けして、口がさっぱりするからって梅干しも。
「美味しい。ありがとう」
 向かいに座っておじやを食べる彼にお礼を伝える。
「うん。あとでもっかい体温測って、落ち着いてたらお風呂行っておいで?」
「ごめん、におう?」
「におわない。けど、昨日気にしてたから」
「あぁ……うん、そうする」
「貧血出るかもだから、異変感じたらすぐ呼んでね」
 なんという至れり尽くせりな彼氏。
 食後の薬を飲んで検温したら、平熱まで下がってたからお風呂に入る。
 熱が高いときは入浴すらできないほど身体が動かせなかったから、お湯を浴びるのがこんなにも気持ちいいだなんて、と感動した。
 いつも思ってたけど、風邪をひいてお世話してもらって、彼の優しさと愛情をダイレクトに感じた。
 私には勿体無いくらい素敵な彼氏を、これからも大事にしようと思えたから、たまには風邪引きも悪くない。

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