見出し画像

【短編小説】10/18『冷凍同盟』

 冷凍庫からいくつかの袋をチョイスして、小分けにされたおかずたちをお弁当箱に詰める。うん、良き良き。種類もかなり増えたし、便利になったなー。
 冷凍食品ばっかりのお弁当は愛情がない、とか言う人がいるみたいだけど、冷食買うお金は自分の時間を使って働いて得た賃金なわけで決して簡単に入手してるわけじゃないし、作る手間暇や時間、気力をかけられるほど余裕がない私のような人間だっているのだ。
 このお弁当は自分用だからいいんだけど、もし将来子供ができてそんなこと言い出したら、どうやって諭そうか考えてみる。
 だったら自分で作りなさい、かなぁ。
 自分にできないことを他人に強要するほどカッコ悪いことはない、と思ってるから、まずは自分でやってみてから物申せと伝えたい。
 料理が好きな子に育ってくれたら、その力を遺憾なく発揮してもらって、私は他の得意なことを担当しよう。
「ま、結婚する予定なんてないんだけどね〜」
 歌うように呟きながら、冷食が詰まったお弁当箱とレトルトのパックご飯を保冷バッグに入れて持ち、家を出た。
 レンジアップすればもちろんのこと、自然解凍でも美味しいなんてホント革命だよ。自分で作るより衛生面も保存面も安心だしね。

 それでも、会社の中には冷食チェッカーみたいな人がいるから油断ならない。
 とやかく言われてヘラヘラ笑うのも疲れるから、自作弁当の日は会社近くの公園でお昼ご飯を食べるようにしてる。とはいえ、すっかり秋めいてきてるから若干肌寒いんだよね……。
 チンして温めてるけど、寒空の下だとやっぱ冷めるの早いし、足元から冷えてくる。
 膝にかけたブランケットの上にお弁当箱を置いて、自販機で買った暖かいお茶を飲む。うーん、暖まる。
 とってもまったりしてしまって、午後の仕事したくなくなるのだけが玉に瑕だな。
 ご飯を食べながら景色を眺めていたら、後方から足音が聞こえてきた。
「あれ、今日は公園でご飯?」
 声をかけてきたのは、二個上の男性社員だった。同じ部署でいつも優して丁寧に仕事を教えてくれて、実は密かに憧れてる先輩。
「あっ、はい、今日は」
「へぇ、奇遇。隣いい?」
「はい」
 先輩は隣に座り、私の膝の上のお弁当箱を見て「わ」と声を上げた。
 なにか言われたらショック、と思って、咄嗟にお弁当箱を隠そうとしたら
「ありがとう」
 急にお礼を言われた。
「え……っと」
「あ、ごめんね、急に。そのお弁当に入ってる食品、うちの母が開発に携わっていて……」
「えっ! そうなんですか! 感謝です! めちゃめちゃ感謝してる人がいたとお伝えください!」
「いや、こちらこそ。ユーザーさんがいらして、初めて母の仕事は報われるから」
「いえ、とんでもない」
 ご飯食べながら先輩の話を聞く。
「俺が小さい頃からずっと開発部にいてね、でも子供なんてそんなのわからないじゃん?」
「そうですね」
「だから、クラスメイトが手作りのおかずが詰まったお弁当持ってきてるのがうらやましくて、母に言っちゃったんだよね」


「なんで僕のお弁当、作ってくれないの?」
「なに言ってるの、ママが作ったものを入れてるでしょう」
「これ買ってきた冷凍のやつじゃん」
「だから、それをママが開発……会社で作ってるの」
「……うっそだぁ」
「本当。ちょっと待っててね」


「ほら。って見せられた名刺にさ、パッケージの裏に書かれた会社名が書かれてて、それで初めて知ったんだ」
「そうなんですか……!」
「いまは開発部長してる」
「え、すごい」
「だから、冷食だって卑下しないで食べて貰えるの嬉しいんだよね」
「卑下なんて……本当に重宝してるんです。料理作る気力はないけど自分が好きな物ばかりでお弁当作りたい時とかに。彩りになる副菜もあるし、ガッツリお肉系もあればサッパリお魚系もあるしで……本当に重宝してます、ありがとうございます」
 頭を下げたら先輩が優しく笑った。
「母に伝えておくよ。きっと喜ぶ」
 柔らかい笑みにつられて私も微笑む。
 知らなかった先輩のお話が聞けて良かったってその日はホクホクしながら午後の仕事を頑張れた。

 そして後日。先輩の仲介でお母様と会うことになった。
「あらあらまぁまぁ、可愛らしいお嬢さんね」
「あ、ありがとうございます」
「私が開発した商品をとっても褒めてくださったって聞いて〜」
「そうなんです。本当に助かっていて。便利だし美味しいしで、御社の商品は常に冷凍庫にストックさせて頂いております」
「あらやだ嬉しい〜! ってなんだか就職面接みたいね」
「確かに」
 先輩のお母様が笑った。笑顔が先輩そっくりで癒される。
 開発の参考に色々聞かせてちょうだいねって言われて連絡先を交換して、先輩のお母様は冷食仲間になってくれた。
 冷食仲間……いい響きだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?