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【短編小説】12/28『バランスのいい食事を、と彼が言う。』

 仕事帰りにスーパーへ寄った。夕飯を買うのだ。
 今日は疲れてて面倒だけど頑張ったご褒美欲しいから、好物の明太子と白飯にしようかなぁ。それともイクラ? いや、高価(たか)いな……と鮮魚コーナー付近を物色していたら頭の中で声がした。
(身体に悪いよ。ちゃんと他のも食べて?)
 ヤマザキさんだ。
 私の命が危険に晒されたとき、助けてくれた人。だいぶ前に亡くなっていて、いまは天界で人を助ける仕事をしているらしい。
 私の魂と身体の間にできたらしい隙間がなくなるまで、私を守るために毎日来てくれている。
(うーん、今日あんまり食欲ないんですよね……)
(野菜とかは? 食べられそう?)
(野菜かぁ……)
 応答しながら自分のお腹をさする。ちょっと冷え気味だから冷たいものはあんまり、という感じ。
(温野菜とかスープ系とかでもええよ?)
 温野菜……スープ……うーん。
 お惣菜コーナーで見合ったものを探す。
(あ、美味しそう……。肉じゃがとかどうでしょう)
(えぇね、美味しそう)
(じゃあ、これと明太子とご飯にします)
(うん、ごめんね?)
(全然。ありがとうございます)
 私の身体に“乗り移っている”状態になっているからか、ヤマザキさんはいつもちょっとだけ遠慮がちだ。
 自分じゃ気づかないこととか、自分を甘やかしちゃうといけないこととか指摘してくれるの、助かってるんだけどなー。
 ヤマザキさんに食べたいものがないか聞いたら、(うーん。ヨーグルト)とのことだったので、いつも買ってるプレーンヨーグルトもかごに入れてレジへ向かった。
 ん? これも栄養のため?
 と思ったけど、聞かないでおいた。
 帰宅してシャワーを浴びて、髪を乾かしたり身だしなみを整えてから夕ご飯の準備をする。
 レトルトご飯を温めている間に、さっき買ってきた明太子と肉じゃがをレジ袋から出した。
「あ」
「ん?」
「ヨーグルトあったの忘れてた」
「あ、そやったごめん。いまからで平気かな、部屋ん中寒いし」
「そうですね。とりあえず入れておきます」
 自分の口から出るヤマザキさんの言葉に返答しながら、ヨーグルトを冷蔵庫に入れた。
 肉じゃがの温め時間を確認していたら、ご飯の温めが終わった。レンジからご飯パックを取り出して、蓋を開けた肉じゃがの容器をレンジへ入れる。
 温め終わるまでにテーブルを拭いたり明太子のパックを開けたりお箸出したりしてたら電子音が聞こえた。
 夕食が揃ったので、座って手を合わせる。
「いただきまーす」
「いただきます」
 一人で二人分の挨拶を発して、ご飯を食べ始めた。
 パックから明太子を一腹取ってご飯に乗せたら「多いな」ってヤマザキさんに笑われたけど、これが私のスタンダードなんだもん。
 明太子は好物が故に一気に食べちゃうから、お値段の割に量が少なく感じるという意味で“贅沢品”。あまり頻繁には買えない。
 だからこそ旨い!
 ニコニコしながら味わっていたら、ヤマザキさんが微笑んだ。
(好きね、ご飯のお供系)
(はい。手軽だし、お米の美味しさが際立つので)
(ほっとくと塩辛とご飯ーとか、昆布の佃煮とご飯ーとかにしちゃうからなー)
「それはー……そうですけどー」
 反論も言い訳も考え付かずに返答したら、ヤマザキさんは困ったように微笑んだ。
(なので)
 ご飯を頬張り、噛み砕きながら頭の中で会話を続ける。
(ありがたいです。栄養面でのアドバイスして貰えると)
(大したこと言えてないけどね。ん、肉じゃが旨いね)
(ねー。ありがたいです、お惣菜)
(できるでしょ、料理)
(材料が全部揃ってればできますけどー……)
(大変か)
(重いんですよ、野菜。一個売りってあんま見ないし、あのスーパー)
(確かに。二人暮らし以上じゃないとコスパ悪いか)
(ですねぇ)
(ごめんな? 俺が手伝えたらええんやけど、自分の身体ないからなぁ……)
 ヤマザキさんにとっては普通なんだろうけど、やっぱりなんか、不思議なんだよな。身体はないけど意識というか魂は在って、会話したり相談したりできるの……。
 あんまりオカルト的なこと信じてないんだけど現実に起きてるからなぁ。どういう仕組みなんだろう。と密かに考えていたら口が動いた。
「デザートにヨーグルト食べれそう?」
(食べます。辛いの食べてるから甘いのも欲しい)
(甘いの……あ、ハチミツかけよか。栄養あるし)
「ふぁい」
 過保護だなぁと思いつつ、気にかけてくれるのが嬉しいから享受しちゃってる。
 このままではいけないけど、このまま一緒にいられたらなぁ……と思っていることは伝えられない。
 なんとなく気づいてるのかもしれないけれど、詮索してこない。
 いまのままの関係がいいとも悪いとも言えないけれど、これだけは確かだ。

 私はいま、幸せである。

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