【短編小説】3/31『正確な時計』
ボクの体内時計はいつも正確だ。同じ時間に起きて同じ時間に家を出て同じ電車に乗る。
今日も気持ちよく目覚めてカーテンを開ける。うん、今日もいい日差し。歯を磨いて顔を洗って軽く朝食。着替えて家を出て、近くの駅まで歩く。
最初の信号を過ぎたあたりで唐突な違和感。
なんかおかしい。今日は全てのタイミングがズレてる。
いつもはあの角で小学生たちとすれ違っていた。
この散歩中の犬はあのカーブミラーのあたり。
おかしい。
でも遅れているわけじゃないからいいか、とそのままの速さで歩き続ける。
そうして駅に着いて、いつもの電車の、少しだけ違う車両に乗った。いつもより少しだけ早い体内時計は、その電車によって時間修正される――はずだった。
いつもと違う車両に乗ったからだろうか。いつもより少し早く会社について、少し早めに仕事に取り掛かる。
いつもお昼休みは社内で決められた時間に入るのだけど、ちょっと早めに空腹を感じて、ちょっと早めにいつもの食堂に行ったら少し空いてて……。
そんな微妙なタイミングのズレを重ねた結果、いつもより早めに帰れることになった。ラッキー。
直帰の扱いにさせてもらって、一社だけ外回りしてそのまま帰る。
いつもならこの信号も赤いのに、今日は青。まぁいいや。ちょうどいいから渡ってしまおう。
横断歩道の途中で点滅。ちょっと小走りに渡り切ったところで赤信号になった。
【キキキィー―――!】
背後ですさまじいブレーキ音。振り返ると、いつもボクが信号待ちをしている場所にトラックが突っ込んでいた。
「……」
一瞬遅れて理解し、全身を血が巡る。
幸い誰もいなかった様子。そりゃそうだよ。いつもあそこで信号待ってるの、俺しかいない。
時計を見ると、いつも信号待ちしてる時間だった。
あと数秒遅かったら、ボクはあのトラックと信号機に挟まれて……。
ゾワッと全身に鳥肌が立つ。
運転手は無事で、どこかに電話をかけている。音を聞きつけた野次馬が集まり始めたのを横目に、帰路に着く。
そこからの帰り道はいつもと同じ時間に同じ景色、ほぼ同じ通行人……。
朝のズレがなかったら、きっといまボクはここにいない。
ボクの体内時計は、ボクを生かすために正確に動いている。
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