【短編小説】8/18『春告鳥が彼を呼ぶ』
僕はいわゆる【万年補欠】だ。
特に強いわけじゃない高校の、部員がほぼ全員レギュラー入りできる人数しかいない野球部で、僕はずっと補欠のまま。
努力も練習もしてるけど、実力が伴わない。自覚はある。
両親は僕のことを応援してくれているし、いつか試合にも出られると思ってる。でも僕本人は、補欠のままでもいいと思ってる。試合に出たり勝ったりするのが目的で野球部に入ったわけじゃないから。
三度目の夏。
県内では弱い部類に入る僕が所属する高校の野球部が、何故か夏の高校野球を勝ち進み県の代表チームとなった。
久しぶりの甲子園への出場権取得に、地域が湧いた。
組み合わせが良ければ何回かは勝ち進めるのではないか、という期待を抱きつつ挑んだが、一回戦目の中盤にしてうちのチームは勝ち目がなくなるほどに点数を取られてしまった。
このまま高校野球生活が終わるんだな、とぼんやりした気持ちでグラウンドを眺めていたら、監督が僕に声をかけた。
「行くか?」
「えっ」
「お前が誰よりも努力してたのは知ってる。試合に出せなかったのは俺の力不足が原因だ。ここを逃したら、もう“高校野球選手”としてバッターボックスに入れなくなってしまう。それは申し訳なさすぎる」
監督の言葉に胸が熱くなった。周りの仲間も力強くうなずいてくれてる。
「……行きます。行かせてください」
「よし……!」
監督がタイムをかけ、主審にバッター交代を告げた。ネクストバッターズサークルで待機していた後輩が監督から声をかけられ、僕を見て、頷いた。
『8番、バッター、ミツヨリくん。背番号、十三』
場内にアナウンスが流れる。
炎天下。
砂埃。
騒音のような歓声。
ブラスバンド部の演奏と応援団の声。
手のひらに滲む汗をユニフォームで拭ってからバットを持つ。この三年間、苦楽を共にした装身具たちを、晴れ舞台に連れてこられてよかった。
バッターボックスに入り、体勢を整え、構える。
相手チームのピッチャーが振りかぶって、投げた。
放たれたボールが、こちらに近づいてくる。僕の目にはそれがスローモーションに映った。
これなら、バットを振る速度も、ボールに当てる角度も容易に調整できる。
ベストと思われるタイミングで思い切りバットを振った。
カキーン!
音喩のような音が響く。ボールにバットが当たった音だ。
空に吸い込まれるように飛距離を伸ばす白球は、そのままフェンスを越えた。
沸き立つ味方ベンチと観衆。
驚きつつもバットを置き、塁を一周する僕。
自主練習以外で初めて踏む三か所のベースの感触を文字通り踏みしめ、本塁へ戻った。
試合に勝ったときのような歓迎っぷりに少し恥ずかしくなる。まだまだ大差が付けられチームとしては負けているのだから、僕の状況を知らない人から見たらなんのこっちゃわからない盛り上がりようだ。
監督は目に涙を浮かべて、僕のことを称えてくれた。
ホームランは打ったけれど、それをキッカケに逆転するような劇的展開にはならず、結局初戦で敗退してしまった。
整列をして主審の勝敗宣言を聞く。そして――
「ゲームセット!」
鳴り響くサイレンの音と共に、僕の青春は終わった。
悲しいけど、少し晴れ晴れとした気持ち。これはきっと、僕の高校生活のほぼすべてを野球に注げることができたからだ。
ベンチ前で地面に膝をつき、スパイクバッグに砂を入れる。
優勝できるはずはないってわかっていたから、砂を入れるためのなにかを持ってくればよかったんだけど、やっぱりどこかで淡い期待を抱いてたみたいだ。
最後の試合に僕が出場して、現野球部員はみんな試合経験者になれた。
監督とチームメイトにお礼を言って、僕は野球部を引退した。
なにか打ち込めるものが欲しかった。
大人になって、青春を捧げたと思えるものが欲しかった。
それは野球でなければダメだった。
なぜかはわからない。でも、野球以外の選択肢はなかった。
最初で最後の試合、甲子園でホームランを打てたのは僕の誇りであり、宝物だ。
だから僕に、悔いはない。
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