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【短編小説】11/12『パサパサ女子とウルツヤ男子』

 ここかな?
 スマホの画面と看板を見比べ、店名が合致しているのを確認して中に入った。予約名を伝えると個室に案内された。
 掘りごたつに座布団の座敷席。室内にいたのは私を招待してくれた元バ先の先輩と、知らない男性。
「こんばんは」
 靴を脱いで座敷にあがりながら挨拶する。
「久しぶりー」
「ご無沙汰してます」
「こちら私の彼氏」
「初めまして、小川ナギです」
「初めまして、千隼(チハヤ)響です」
 先輩の向かいに座ってお辞儀した。
「あと俺の後輩が来る予定なんだけど、仕事が押してるみたいで」
「そうなんですね」
 先輩から『久々に会わない?』とだけ言われて来たんだけど……他に人がいるならもうちょっと綺麗にしてくれば良かった。
 注文を終えて談笑し始めた頃に、個室の障子が開いた。店員さんに案内され入室して来たのは、美しい顔立ちの男性だった。
「すみません、遅くなりました」
「お疲れ様。ごめんね忙しい中」
「全然。えっと……」
「こっち俺の彼女」
「馬渡サキです」
「で、彼女のお友達の」
「千隼響です」
 にこやかに挨拶をするけれど、脳内自分が慌てふためいている。
「宮田右京です」
(知ってますーーー! 大好きです! CDも全形態持ってるしテレビも全録して今度公開の映画もチケット買ってて……!)
 脳内でハフハフしている私をなだめながら、「テレビとかで拝見してます」なんて言ってサラリと対応する。ウソは言ってない。その“とか”の中に雑誌とかSNSとかライブとか、その他諸々が含まれてるんだから。
 心の中で言い訳しているうちに、ドリンクが届いた。
「お前のも一緒に頼んじゃった」
「ありがとうございます」
 言いながら宮田さんは私の隣に座った。そうだよね、空いてるの私の隣しかないもん。うわうわうわ。前世の私、徳積んでおいてくれてありがとう‼︎
 そして、周囲の人にオタバレしてないからこその僥倖だと、いままでの自分にも感謝した。ファンだって知られてたら、この会合にはきっと呼ばれてないもの。
 乾杯してご飯とお酒と会話を楽しんでいるうちに、推しが酔っ払って来た。
 ベロベロではなくペロンペロンくらい。ニコニコしながら左右に揺れてる。
「大丈夫ですか? お水飲めます?」
「んー? 飲めるけどいらんかなぁー」
 仕事中には滅多に出ない地元の方言がドカドカ出てて、私の萌え指数もドカドカ急上昇中。
 いかん! この状態の推しは心臓に悪い! 左右に揺れると私にぶつかるし、それを避けるなどという愚行はできん!
「大丈夫なの? この人けっこう人気のアイドルなんでしょ?」
「うん、飲ませすぎた」
「ちょっとぉ」
「最近仕事のことで悩んでるって言ってたから息抜きにと思ったんだけど」
 そうなんだ……。
「だったら二人で呑んだら良かったじゃん」
「やだよ。その状態のコイツ、からみ酒で面倒なんだ」
「あ」
「ん?」
「いえ」
 よくミャータくん(愛称)がラジオで言ってるエヌセンパイって、ナギ先輩ってことなんじゃ? あぁー、パズルのピースハマったぁー。
「ちょっと寝るー」
 ミャータくんが言って、私の膝に頭を乗せた。
 ひょえー! 推しを膝枕する人生が待っていたなんて……!
「ごめん、誰にも言わないでね」
「もちろん」
「面倒押し付けたんだからここはあんた払いなさいよ?」
「払う払う」
 いやそんな! 無課金でこんなイベントを授かれるとか!
 なんて理由を伝えられるわけもなく、ありがたく奢っていただくことにした。
 先輩たちの目を盗んで、膝の上ですやすや眠る推しを凝視する。
 お肌ウル艶やん。こんなことなら昨日の夜パックしてくるんだった。
 結局ミャータくんは起きなくて、ナギさんがタクシーで送って行った。
 お近づきになるチャンスかと思ってたけど、連絡先なんて交換できるはずもなく(推し、泥酔してたし)、いやしかしあの体験の記憶があれば、私はこの先一生生きて行けるし推しを推せる。
 昨日のことを思い返してはニヤニヤが止まらない。
 奢っていただいたお礼を伝えなくては……とスマホを持ったら、同時に先輩からメッセが来た。

サキ{おはよー〕
サキ{昨日はありがとう〕
サキ{彼氏から伝言〕
サキ{右京から連絡あって、昨日の子に謝りたいらしい 予定どうかな〕
サキ{だって どう?〕

 どうもこうも、推しに会えるならなにがあっても予定空けますよ!
 脳内での返信とは違う文面で先輩にメッセを送る。

〔私はいつでも大丈夫です!}響
〔謝っていただかなくて大丈夫なので、また楽しく呑みましょう♪}響
〔と、彼氏さんと宮田さんにもお伝えください。}響

 思いがけない“次回へ続くフラグ”に、脳内自分たちがざわめきだす。
 と、とりあえずスキンケア用品を引っ張り出さなければ……!

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